287.言いたい奴には言わせとけ(1)

 傭兵宿舎となった官舎の横を抜け、宮殿へ足を踏み入れる。顔パスで入った宮殿の広い廊下で、執事のセバスさんを見つけた。


「あ、セバスさん! 宰相のウルスラさん、どこにいるか知ってる?」


「エミリアス侯爵キヨヒト様、お戻りでいらっしゃいましたか。宰相閣下は会議中ですが、そろそろ終わる時間と思われます」


 さっと懐中時計の針を確認する姿は、正しく執事の鑑だった。あれだよ、ほら。海外の中世ヨーロッパ映画で出てくる、初老の執事。完璧に全てをこなし、主君をサポートする「出来る男です」感が溢れていた。灰色っぽい髪色もいい。完璧な執事は、リアムの専属だったりする。


「陛下はご一緒ではないのですか?」


「うん。この命令書で騎士団を借りて行きたいんだけど」


 信頼できる人なので、書類をあっさり披露する。恭しく受け取ったセバスさんが目を通し、後ろで待つベルナルドに微笑んだ。


「この内容でしたら、将軍職を務められたラスカートン前侯爵閣下の下知で動かせると思います。皇帝陛下のご署名入りの書類を持参しておりますので」


 にっこり笑って教えてくれた。やっぱりセバスさんは役に立つ。うちの執事も立派だけど、セバスさんは外見も「映画で観た執事だ!」って感じなのがいい。羨ましいな、リアム。


「ありがとう、セバスさん。それじゃ行ってくるね」


「お気をつけて。皇帝陛下をよろしくお願い申し上げます」


「こちらこそ、今後ともよろしくね」


 挨拶は人としてのマナーだ。きちんと挨拶して別れた。後ろのベルナルドがやたら静かなのが気になる。振り返ったら、首を傾げていた。


「どうしたの?」


「皇帝陛下の執事殿と親しいのですか?」


「うん。いい執事さんだよ、気がきくし優しいし」


 指折り数えるセバスさんの良い点に、外見を入れないのはやっぱり礼儀だよ。日本人同士なら通じる「わかるぅ!」だけど、ベルナルドには通じないからね。


 通りかかった別の執事に手を振り、にっこり笑って会釈する侍女さんにも挨拶する。そうやって宮廷内を騎士団の宿舎方面へ抜けていくと、ベルナルドが騒ぎ出した。


「キヨヒト様、もしや……宮廷内を既に把握しておられるのか」


「把握が何を指してるのか分かんないけど、働いてる人のほとんどは顔見知り」


 挨拶して名前を知ってる程度だ。傭兵の主要メンバー以外が知り合い、ジャック達レベルで友達、その先がレイルの親友かな。簡単に説明してやると、驚いた様子だった。


「どうした?」


「……キヨヒト様は、本当に支配者の器でしたな」


「言っとくけど、オレは皇帝陛下の配偶者予定なの。自分が支配する気はないよ」


 はっきり言った後、思い出して付け加えた。


「呼び方、以前のに戻ってる。キヨでいい」


 オレのスタイルに慣れてきたのか、以前のように恐れ多いと断らずにベルナルドは頷いた。後ろに将軍を従えた小生意気な英雄様が到着した騎士団の宿舎は、なぜか荒れていた。


「何これ……」


 誰かが乱入したのか? 宮殿の外とはいえ、敷地内だぞ。眉を顰めたオレの後ろで、ベルナルドが声を張り上げた。


「整列っ! 報告せよ!!」


 慌てて騎士達が敬礼しながら並んだ。所々空いているのは、そこにいるべき騎士が離脱しているためだろう。ケガしてるのかも知れないな。


「襲撃があったみたいだけど、犯人は?」


「傭兵達です」


 びしっと立派な直立不動の敬礼で答えた騎士の声に、オレは額を押さえて呻いた。いま、聞こえてはいけない答えが耳に届いたぞ。

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