99.宴会じゃなくお泊まり会(3)

「リアム」


「ん?」


 振り返ったところに頬へキス。途端に後ろからシフェルに摘ままれた。首根っこを掴むのは、まるで猫扱いだ。じたばたと暴れると、リアムが笑い出した。


「離してやれ、シフェル」


「このケダモノは注意しても、理解する頭が足りないようですから」


 いっそ私も一緒に泊まり込む。そんなニュアンスの近衛騎士団長に、べっと舌を出してやった。


「これでも英雄様だぞ!」


「では英雄としてを残してもいいのですよ?」


 ぴたっと手足の足掻きを止めた。お前、今「死体でも英雄ですよ」って言わなかったか? 名前だけ残して消えろと聞こえた。


「やだ」


 即答したオレにリアムが手を伸ばし、諦めた様子でシフェルが下してくれる。一応「ごめんなさい」といい子の謝罪をしておく。今日のお泊りが中止になるとリアムを泣かせてしまうからだ。


「思惑が透けていますが、許しましょう」


 公爵閣下になった途端、すごく上から目線になったシフェルだが、リアムを守る鎧みたいなものだろうと思う。後ろ盾になる家族や親がいないし、性別すら偽った彼女を守るのに手段を選んでいられなかっただけ。


「ありがと」


 だから礼は本心から零れた。リアムを守る側に回ってくれて、オレと出会うまで守ってくれて、出会ってからも大切にしてくれることに感謝が口をつく。目を見開いたシフェルがくしゃりと髪を撫でて、小さく「いいえ」と返した。


「お風呂に入るか?」


 突然の爆弾発言をする皇帝陛下に、ぎょっとしたのはオレだけじゃなくシフェルもだ。顔を見合わせて、同時にリアムを振り返った。


「お前ら、気が合うな」


 くすくす笑う彼女は自分の発言のヤバさに気づいていないらしい。


「あの……お風呂に入るの? これから、一緒に?」


 だから発言の意図を確かめるように区切って言葉にした。きょとんとした後、リアムの顔が真っ赤になる。首や耳も赤くなり、それから黒猫を強く抱きしめて背を向けた。


「リアム、ごめん。オレは風呂行ってくるね」


 意地悪が過ぎたかと思ったが、シフェルに引きずられて部屋を出た。待っていたクリスは笑っているが、シフェルは洒落にならない強張った顔で迫る。


「絶対に、絶対に手出し禁止ですよ。破ったら……」


 声にしない「切り落とします」という宣告に、ひきつった顔で頷いた。男としてこれ以上ない恐怖の脅しだ。ある意味効果的過ぎて、逃げるように風呂へ駆け込んだ。


 魔法で綺麗にしていても、やはり湯船に浸かるとほっとする。これは日本人だった影響だろう。異世界人でも、ヨーロッパ出身ならシャワーで満足するのかな。宮殿がヨーロッパ風なのに、湯船がある風呂に感謝する。


 少し長めに浸かってから部屋に戻ると、リアムはまだ黒猫ヒジリを抱っこしていた。

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