18.裏切りか、策略か(16)
間に合え!!
全力で走った先、短剣が僅かに浮くのを足で踏みつけた。つんのめって転びそうになるが、なんとか踏ん張る。しかしオレはすっかり忘れていた。短剣の柄を踏むには、持ち主である黒尽くめの腕が届く範囲に飛び込むのと同じ。
「……っ」
無言のままの男に首を取られた。黒尽くめの腕が首に回り、ぐいと締め付ける。そこで右肩の痛みを思い出した。マジ痛い。暴れようにも右手は動かないし、左手だけで自分よりガタイの良い男から逃げ出す手段がなかった。
「ぅ、る……しぃ」
苦しすぎて男の腕に爪を立てるが効果はない。逆にさらに締め上げられて、骨が軋む音が聞こえた。
ザクロで死ぬか、垂れ流しで死ぬか……やだ、どっちも取り縋って泣ける死体にならない。そんなことを考えたのは酸欠の影響かも知れない。首絞めて苦しんで死んだら、あれこれ溢れて零れて大惨事になるのだ。そんな汚い死に方は断固拒否する。
立ち向かう気持ちはあるが、脱臼した右腕が動かない以上、左腕だけの抵抗はほぼ無意味だった。しかも身長差の所為で、オレの足は浮いている。まったく踏ん張りが利かなかった。
「離せっ!!」
若くんの声だろう。銃声が2発聞こえ、続いて黒尽くめの力が緩んだ。喉を絞める腕から解放されて、左手で喉を撫でる。
「げほっ……けほ、ごほ…」
粘膜が乾いて張り付いた感じで、隙間がなくて息が吸えなかった。吸い込もうとしても詰まって、空気が先に行かない。
「大丈夫だ、ゆっくり吐いて」
吸いたいのに吐けと言われて、涙が滲んだ目で睨む。吐くような空気は胸に入ってないと思うが、酸欠でぼけた頭は言葉に従って息を吐いた。すると自然に鼻と口から空気が入ってくる。
一度思い出せば、考えなくても呼吸を繰り返せた。
普段何も考えずに呼吸してたけど、こんなに空気が美味しいと感じたのは初めてだ。
「…よかった。助けてくれてありがとうな」
頭を撫でる手に顔を上げる。きっと涙以外にもアレやらコレやら溢れて汚くなってるだろう顔を、ぐいっと左手の袖で拭った。皇帝らしくなくても構わない。
優しく笑う若くんがハンカチを手渡してくれた。白いハンカチの角にイニシャルらしき、Wに似た飾り文字が刺繍されている。
「あり、がと…」
汚してしまうが、遠慮なく借りる。いろいろ付いた状態で返されても困るだろうが……。
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