18.裏切りか、策略か(17)

「いや、礼を言うのはこちらだ。短剣を押さえてくれて助かった」


 囚われ人が皇帝陛下だと知らされていないのか、敬語を使わない若くんは優しく背を撫でてくれる。やっぱり彼はいい人だ。西の国と戦うときは、彼を殺さないように気をつけよう。


 西と北が手を組んで中央に攻め込むという話は、もう秒読み段階だった。彼に逃げるよう忠告したくなって、でもギリギリのところで口を噤む。


 今のオレはリアムだと思われている。皇帝が敵国の兵に忠告などおかしい。どこまで戦況を掴んでいるのか聞き出そうとしている可能性が脳裏を過ぎった。


 ああ、シフェルの教育は確かに身についている。こういった場面で、自分の命を助けてくれた若くんすら疑うのだから。なんだか汚い人間になった気がした。


「男は始末した……君を助けに来た仲間ではなかったな」


 慰める口調が意外だった。本当は助けに来た仲間なら良かったのに、そう言いたそうな声色に顔を上げる。借りたハンカチで涙を拭い、それから鼻や口から溢れた涎や鼻水を綺麗にふき取った。濡れた表面を見たくなくて、そっと折り返して隠してみる。


「どういう、意味だ?」


「僕は君ぐらいの弟がいる。まだ幼い君を強引に連れ去るなんて、ご家族はさぞ心配だろう」


「……家族はいない」


 本音で返答していた。もう家族には会えない。


「会えない」


 声は乾いていた。もっと寂しさや恋しさが込み上げると思ったのに、ぜんぜん平気だった。いつからこんなに冷めてしまったんだろう。


 リアムもオレと同じなんだよな……母は父に、父は兄が殺した。その兄も死んでいるから、リアムも孤独なのだ。知り合いも家族もいないオレとは少し違うが、異世界人で誰も頼る人がいない状況を理解してくれたから優しかったのかも。


 そうか、家族がいないと呟いた本音は、リアムと重なるんだ。若くんが居心地悪そうに視線を伏せた。


「悪いことを聞いた」


「いや、構わない」


 それ以上追求されないように、肩を竦めようとして激痛に顔を歪めた。早朝訓練で結構痛い目を見てきたので、呻き声を出さなかったのは偉い。自分で自分を褒めておいた。


 オレが顔を顰めたことで、若くんは慌てて手を伸ばす。触れた瞬間、あまりの痛さに喚きそうになった。生理的な涙を誤魔化すように上を見上げれば、夜空は少し明るくなっている。あと1時間ほどで夜が明けるだろう。


「ちょっと痛いぞ」

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