117.さっそくフラグ回収してきた(1)

「もういいよ、それで」


 肩を竦めた途端、何か後頭部に視線を感じた。気配というか、視線が刺さる感じだ。魔力感知をしようとした瞬間、頭に衝撃が走った。


 音はない。


 痛みも、なかった。


 熱いと思ったオレの手が左側頭部に触れ、ぬるりと手が濡れる。気持ち悪い感覚は覚えがあった。


「血……?」


 首をかしげようとしたオレの足が崩れて膝から倒れた。咄嗟にヒジリが下に潜り込む形で支えてくれる。顔面を打たなくてよかった……そんな考えを残して、意識が途切れた。




 狙撃手ライアンはすぐに伏せた。物陰に転がり込んで射線から身を隠す。彼の行動を見て、ジャックとジークムンドが同様に物陰に飛び込んだ。黒豹ヒジリが運ぶ間、コウコとスノーが身を盾にする。ぶわっと毛を膨らませて威嚇するブラウが唸った。


 何が起きたかわからない衛兵達を置き去りに、傭兵と聖獣は戦闘態勢を整えていく。


「聖獣様よ、どうやって切り抜ける?」


 狙撃地点と思われる建物の屋上を睨みながら、ジークムンドがぼやいた。ジークムンドもジャックも、距離があり過ぎて手が出せない。護衛としてこなせる仕事は、身をもって盾になるくらいだ。ちらりと視線をむけた先で、ヒジリの背に倒れ込んだ子供がいた。


 異世界人として恵まれた環境にありながら、傭兵を仲間だと言い放つ。当たり前だと諦めてきた差別に立ち向かい、強大なドラゴンを倒して街を救いながら、己の功績に頓着しない。変わり者もいいところだ。人を惹きつける子供は、ついに孤児を保護しようと考えて行動した。


 この子は何が何でも守らなくてはならない。この世界に必要な人材だと言い切れた。だから守って盾になるのは構わないが、その後の逃げ道を確保できなければ無駄だ。


『ふむ。我らは世界を守護し、世界を統べる聖獣ぞ。あの程度の輩は敵にならぬ』


 ヒジリの言葉の端を、ブラウがさらった。


『僕がもらうから』


『ずるいわ。あたくしだって!』


『僕は主様の守護をしますので、ご存分に』


 風を操るブラウが空に舞う。追いかける形でコウコが長大な龍の身をくねらせた。一気に元の姿に戻った聖獣達は、それぞれに役目を果たす。白い巨大トカゲが吐き出した息で、透明のガラスに似た壁が出来上がった。向こう側が透けているが、氷ではない。あくまでも水なのだ。


 透明度の高い壁の向こう側で、狙撃手が隠れる建物が柔らかなチーズのように切り裂かれた。崩れる建物がコウコの吐いた灼熱の炎で溶けていく。焼けたのではない。炎もなく溶けて流れた。その様は、かつてキヨヒトが赤瞳の竜として暴走した際に見せた能力に似ている。

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