116.不吉フラグ? 立てねぇよ!(2)

 ヒジリに跨ったまま逃げると、追いかけっこが始まった。大騒ぎしながら走って戻るオレ達の様子に、勘違いした兵士の一部が駆け寄ってくる。


「どうしました?!」


「ぶっ……どうもしませんけど?」


 突然話しかけられて、ヒジリが急ブレーキ。つんのめって前に転がり落ちたオレは、なんとか取り繕う。カッコ悪いとこ見られた。


 しょんぼりした見た目のいい子供、足元には巨大な黒い獣、後ろから追いかける人相の悪い傭兵達。どう見ても誘拐されそうな子供か、獣に襲われたガキ……状況はよろしくなさそう。


 間の悪いことに、このタイミングでヒジリが手を噛んだ。


「こら! ヒジリ、痛いっての」


「ひっ!! 危険だぞ」


「この獣を捕獲しろ」


 そうだよな、こうなるわけ。いきなり槍を突きつけられたヒジリが唸る。どっちの立場も理解できるので、間に立って互いを隔てた。こういうときは、見えてると互いに感情が高ぶるらしい。ケンカしている動物は引き離すのが原則……これは某国営放送の動物番組で観たチート知識だ。


「ヒジリ、お座り。兵隊さんも落ち着いて」


 そう言われても、噛まれた子供の手は血塗れである。ヒジリの唾液で傷は塞がっても、流れた血はまだ舐め取られていなかった。真っ赤な手で制止されても、兵士も止まれるはずがない。街の治安を守る衛兵としての誇りもある。危険な状況ならば、子供を保護しなくてはならなかった。


 どうみても高そうな服装で、見た目も整った子供だ。きっと犯罪に巻き込まれて……。


「何度も言ってるが、人前で噛んだらダメだ。ジャックも銃を抜かない。ジーク、その手は何を持ってるの? ライアン……狙撃は中止」


 後ろにいた2人の強面に言い聞かせて、それから姿の見えないもう1人に指示を出す。足元の黒い獣はよく見ると、金色の目をした聖獣だった。黒豹だ。


「まさか……」


「おまえ、じゃなかった。あなたが、ドラゴン殺しの?」


「ん? やだなぁ。有名になってるの?」


 ちょっと照れるじゃん。少し離れた物陰から顔を見せたライアンは、収納空間に銃をしまっている。愛用のライフルを持ち歩くのはいいが、何かあるたびに構えるのはやめさせないと。


「「非常識で我が侭な英雄様」」


「うん?」


 何か奇妙な単語が上についていた気がするぞ。にっこり笑って振り返れば、衛兵たちが「ひっ」と息を飲んだ。解せぬ、こんなに可愛い少年を前に怯えるなど……おかしいだろ。


「やっぱり有名になったか」


「まあ、あの宴会や戦場での騒ぎをみれば当然だ」


「皇帝陛下にお強請りし放題だし」


 擁護してくれない護衛3人を睨んだ。にやにやする彼らの態度は、悪びれない。まったくもって自由で愛すべき連中だ。くそ、何も言えない。

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