10.保護者達の眠れぬ夜(5)

 シフェルの言う通りだった。敵は確かに逃げていた。逃がさず捕らえようとした判断は否定しないが、徒歩で銃片手に走る敵へ、重火器を向けるのは――間違っている。


 普通に考えて後ろの建物が自軍のものならば、被害を考えて小銃などを使うべきだろう。自軍の本部を吹き飛ばすくらいなら、数人の敵を取り逃しても許された。


 そもそも逃走ルートの延長上に本部はあったが、別に彼らは玄関へ向かったわけじゃない。やや右側へ逃げた連中に狙いをつけて撃った反動で銃口がブレて正面玄関が吹き飛び、慌てて砲を抱きとめたらもう1発出ちゃって――本部の右側半分が砕けて、最終的に焼けた。


 慌てふためいてバズーカ砲を放り出したとき、最後の砲弾が建物の左上を撃ち抜いてしまっただけのこと。そう、言葉にすればこれだけの事件だった。


 もちろん、周囲が「これだけ」と思ってくれる筈もなく。





「陛下からの呼び出し、明日になりましたから」


 最後通牒のように告げられ、「ひっ」と悲鳴を上げる。整った顔にいい笑顔を浮かべて詰め寄られると、本当に恐怖しか感じない。このまま殺されるかもしれないとすら思った。


「え? 冗談……」


 保護者役に決まったジャックの悲痛な声に、シフェルは怖いほど綺麗な笑顔で振り返った。


「ご安心ください。保護者はノアさんにお願いしますから」


「あっ、でも」


「ノアさんにお願いします。構いませんね?」


 すでにジャックに決まったから。そんなノアの逃げ道はふさがれ、どう考えても「陛下の前で当事者として謝罪をするべきはノアさんですよね」という意味の圧力が掛けられた。


「………はい」


 頷くしかないノアの表情が泣きそうで、下から覗いてしまったオレはそっと目を逸らした。


 本当にごめん、本物のバズーカ砲なんて初めて触ったから――撃ってみたかったんです。


 いまさら口に出来ない理由を、ごくりと喉を鳴らして飲み込んだ。






 シフェルに叱られている間に、バズーカ砲をぶっ放した犯人は知れ渡ってしまった。


「とりあえず……ノアは反省してこい。でもってキヨ、お前は魔力の制御を覚えてもらう」


 ジャックの言葉にただ頷いた。


 周囲を取り囲む正規兵は厳しい表情だが、逆に傭兵達は「たいしたもんだ」と呆れ半分に評価してくれる。これは立場の違いもあるが、彼らの境遇や考え方もあるのだろう。


 正規兵は自軍の施設を壊されたわけだし、規律を守らない傭兵にいい感情はもたない。それが子供でも同様だった。つい先ほど溶かした煉瓦の片付けに追われていた兵から見たら、暴走したオレはまごうことなき疫病神だ。


 しかし傭兵連中は違う。彼らにとって力はどんな形であれ評価の対象だった。大きな力を持っているならば、それは有効な戦力と考えるのだ。己の力ひとつで戦場を駆け抜ける傭兵だからこそ、幼い外見で強大な力を示したオレは『将来有望な傭兵候補』なのだろう。


 バズーカ砲は戦車も撃ちぬく重火器だ。本部を瓦礫に変えた威力から見ても、大量の魔力を必要とした。つまり魔力制御が何かも理解しないくせに、バズーカ砲を3発も放ってけろりとしているオレは、珍獣に近い扱いなのだ。


「こんなガキがねえ……」


「大したもんだ」


 立ち上がったオレがぐらつくほど、彼らは手荒に頭を撫でてくれる。立ったばかりで足はまだ痺れていて、じわじわ血が巡る感じが擽ったい。にやにや笑ってしまう顔を引き締めようと頑張っているオレに、周囲はとにかく甘かった。


「頑張れよ」


 ぽんと背を押され、乱れた髪のまま頭を下げたオレは慌ててジャックを追った。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る