19.闘争より逃走(2)

 隠れているわけじゃないから、思いっきり叫んだ。毒を抜くために血を流す方法はレイルに教わったんだが、これ、冗談じゃなくてマジ痛い。話の通りに勢いよく切ったので、血が溢れて肘まで流れてきた。


 収納魔法の口へ血がついたままのナイフを放った。こういう使い方が出来るので、収納魔法は非常に役立つ。最初に見たときから憧れの魔法だったが、今では便利なリュック程度の感覚になった。魔法を習得するたびに、前世界での日常感覚や魔法への感動が薄れていく。


「包帯はないから……絆創膏でいいか」


 勝手に絆創膏と翻訳されたが、明らかに性能が段違いの湿布もどきを貼る。1時間もあれば傷は治るだろうから、足を止めずに走り続けた。


 ……あれ? オレがテレビで観た豹って持久力なかったよな。奴ら、やたら元気じゃね?


 振り返った先で、黒豹がぴょんぴょん跳ねながら走っている。魔獣だから元気なのだとしたら、逃げるオレの体力が尽きる方が早いかも知れない。気付きたくなかったピンチに、収納魔法の口から瓶を引っ張りだした。


 三角錐のお墓を作るお国で有名な香水瓶に似た、華奢で美しいガラスの中にどろりとした液体が入っている。瓶が綺麗だから、余計に中身の不気味さが増した。


「う……飲まずに済ませたかった」


 ぼやいて蓋を取り、漂う臭いに顔を顰めた。とにかくくさい。なんだかわからないが、原料を知ったら飲めなくなりそうなので聞かなかったが、本当に臭い。


 漂う悪臭の帯が見えそうなくらい、半端ないにおいの瓶を口元に運び、左手で鼻を摘んだ。右手を傾けて流し込む。走りながらなので窒息しそうな苦しみの中、それでも必死で嚥下えんかした。


「うぇ……」


 見た目の不気味さ、酷い悪臭、味は……比例するように不味まずい。味覚を破壊するのが目的だと邪推するくらいの劇薬だった。その分効果は覿面てきめんで、体力回復に最高の薬剤だ。


 ゲームだとポーションみたいな呼び方をするが、単に『体力回復増強剤』と自動翻訳されたのは味気ない。自動翻訳の中の人に、ゲーム要素は微塵も感じなかった。


 口にねっとりまとわり付く不快な味に気分がだだ下がりだが、体力はしっかり回復する。


 残った瓶を苛立ち紛れに黒豹へ投げつける。2匹……いや、2頭と数えるのが正しいかも。とにかく片方の豹が避け損ねて頭に瓶が当たった。割れた瓶の中身がかかったらしく、鼻を押さえて悶絶している。


 人間の数十倍は嗅覚が鋭い猫科の特徴が魔獣にも適用されてたら、この薬の臭いは立派な最臭兵器さいしゅうへいきだ。


「1頭脱落」

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