19.闘争より逃走(3)

 予想外の効果にもう1本取り出して武器代わりに投げようか、真剣に検討する。だが、半端ない効果と臭いの薬瓶が驚くほど高かったことを思い出した。ついでに言うなら、効果が高いから爆弾代わりにするのはもったいない。


 残り1本しかないし。まだ使う場面があるかも……。


 不吉なフラグを立てながら、回復した体力を遺憾なく発揮して全力疾走を続けた。







「はあ……ここまで来れば……っ」


 額の汗を袖で拭い、そっと覗いた先を黒豹がうろうろしている。完全に振り切れず、匂いを頼りに追ってきたらしい。大きな岩陰から足音を殺して近くの木まで歩いて、飛び上がった。手に触れた枝に掴まって一回転し、音もなく枝の上に飛び乗る。


 かつてのオレも運動神経は良かったが、こんな曲芸師みたいな器用さはなかった。当然だが一般人より少し動きがいいだけの素人なのだ。それが異世界チート的な転移時の追加能力と、早朝訓練のお陰でかなり鍛えられた。


 足元を黒豹が歩いていく。しなやかな筋肉が躍動する背中を見送り、ほっと息をついた。


 誰が使役してるのか知らないが、とにかくしつこい。野生の獣だったら、捕まらない獲物をここまで追いかける筈はない。魔力感知で追いかけていた豹が突然動きを変えた。こちらに向かって全力で走ってくる。その勢いを利用して、木の幹を半分ほど駆け上ってきた。


「うぎゃぁぁぁあああ!」


 足のすぐ下に豹の爪が届き、悲鳴を上げて上の枝に逃れる。これより上に体重を支えられる太い枝はないので、豹がじりじり昇るのを待って飛び降りた。枝が邪魔ですぐに飛び降りられない黒豹を置いて、再び走り出す。


 なんなの、この追いかけっこ。


 首筋に垂れてきた汗が気持ち悪い。豹はすぐに追いついてきた。どうしようか迷って、腰のベルトの銃を思い出す。逆になぜ忘れていた、オレ!


 銃弾は出る前に詰めたので、安全装置を外して構える。が……豹が真後ろに入り込んでしまう。走りながら撃とうとすれば、真後ろの敵は狙えない。足を止めたら襲われる。結局銃が使えないという結論に至り、舌打ちしてベルトに挟んだ。


 そうだ、魔法は? 魔法で焼き払えばいいじゃん!!


 後ろへ向かって火を放つ。もう安全だと思ったので足を止めて、大きく胸で息をした。動物は炎が嫌いなはずだ。燃えている足元を越えて来ないだろうし、超えてきたら火を直接ぶつけてやれば…。


「うそっ、来た?!」


 猫科の特徴であるバネの後ろ足で燃える火を飛び越えた。咄嗟に火を魔法で作って投げる。直撃コースの攻撃だが、豹は避けなかった。燃える姿を想像するが、なぜか豹の目前で火は霧散する。

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