101.顔合わせと密談は薔薇の園で(2)

「丁寧にありがとうございます」


 護衛の騎士は中を覗くことなく、柔らかな声で礼を言ってくれた。どうやら対応を間違わずに済んだようだ。ほっとしたオレの顔を、リアムは不思議そうに見つめた。


「随分気を使うんだな」


「オレの世界では普通だったんだ。ほら、戦いもなかった平和な場所だったから。他者との摩擦を減らすために、挨拶や礼をまめに口にするんだ」


 壊れたベッドを回収して、新しいベッドを置いた。手招きしてヒジリに「猫になって」とお願いする。不満そうに尻尾を揺すっていたが、ヒジリはやはり男前だ。小さな黒猫姿になってくれた。


 お礼がわりに何度もヒジリを撫で、コウコやスノーも褒めてからベッドに乗せる。最後にブラウは自分で飛び乗った。


「少しお菓子もらうね」


 リアムに確認してから、彼らの届く位置にお菓子を用意する。


『このお菓子の色が素敵』


『いただくぞ、主殿』


『僕、お菓子って初めてです』


 コウコ、ヒジリ、スノーがお菓子に手を伸ばす中、ブラウはお昼寝を始めた。ゴロゴロ喉を鳴らす青猫の首回りを掻いてやってから、リアムの隣に戻った。


 向かい合って座る位置に椅子が用意されているが、リアムが腰掛ける長椅子の隣に滑り込む。


「あのさ、リアムに会ったら相談したいことがあったんだ」


「なんだ?」


「リアムはこの国の孤児について、どのくらい知ってる?」


 奇妙な質問に目を見開くが、すぐに考えながら答えてくれた。


「親がいない子供が孤児とよばれ、半分程は傭兵となり生活している。犯罪者になる者も多いときいた」


 これがこの世界の孤児の扱いだ。一番豊かだと言われる中央がこれなら、東西南北どの国ももっとひどい扱いをしてるだろう。福祉が発達した国で育ったから「おかしいだろ」と思えるけど、「孤児は荷物、勝手に生きていけ」って考える人の方が多いはずだ。彼らが悪いと一方的に責めたり決めつけることは出来なかった。


 だってオレは、一歩間違えれば孤児や奴隷の扱いをされてた。たまたまレイルやジャック達に会えたから、チートを持ってたから、リアムと仲良くなれたから、珍しい竜属性で赤瞳だったから。理由はたくさんあるけど、恵まれていただけ。


 運が悪ければ、オレだって傭兵しながら差別される側だった。


「うん。孤児の大半が犯罪に手を染めるらしいけど、それって政治で解決できるんだ」


「解決?」


 リアムは大きな青い瞳を瞬いて、不思議そうに繰り返した。相互扶助の考え方をどう説明したら伝わるんだろう。この世界にない概念は、四字熟語を駆使しても伝わらない。自動翻訳は万能じゃない。


 オレだって聖人君子じゃないのに、こんな偽善っぽいことを口にするのは心苦しかった。

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