144.失礼ながら……だったら口を慎め(2)

「あの……キヨヒト様ですわね」


 早速現れたお嬢さんに、笑顔で何も言わない。ご令嬢に挨拶せず、手を差し伸べるでもない態度は、貴族として不合格だろう。だが、これには切り返す理由が存在した。


「私とお付き合いいただけませんか?」


 どういう意味で? そう問い返す顔をしながらも、また無言を通す。まるで言葉を忘れたように、口を開かないのが作戦のひとつだった。


 足元のヒジリはそっぽを向いてしかめっ面で、ブラウは伸びをして身体を解している。いつでも飛びかかる準備はできているらしい。ちらちらと攻撃の合図を待つのはやめてくれ。


王族風情が、ラカーニャ伯爵令嬢に対し失礼だぞ。この方は……」


「あら、よろしいのよ。キヨヒト様はですもの」


 おおらかで優しい女性像を植え付けたいのか。愚かな自作自演の演劇をしっかり確認して、オレはようやく口を開いた。


「マナーの勉強をして出直されるがいいでしょう、ラカーニャ伯爵令嬢との方」


 ぴしゃんと言い捨てて歩き出す。この程度の奴を潰してもしょうがない。一応、あの黒いリストに名のある貴族だから、足を止めた。刺客としては役者不足も甚だしい。


「待ちなさい!」


 後ろから伸ばしたお取り巻きの男性が伸ばした手は、髪か肩に触れる前にブラウが叩き落とした。低い位置でゆらゆら揺れる尻尾は、攻撃態勢に入ったことを示している。機嫌が悪いぞと示す青猫は、まだ小型化したままだった。


「ペットの躾は!」


「飼い主の役目、ですか? ならばお答えしますが、青猫は聖獣です。貴方より階級は上ですね」


「っ! 聖獣がこのような小型の猫のはずがない!!」


 男を侍らすご令嬢の顔が引きつる。それを見て、形勢不利と判断した男は慌てて喚き散らした。おかげで衆目が集まる。


「ブラウ、元の姿に戻れ」


 普段は使わない命令口調に、青猫はにやりと笑った。瞬きほどの時間で、猫は黒豹のヒジリと遜色ない大きさになる。


「納得しましたか?」


「だが、ご令嬢への態度は別だ」


 なんとか立て直そうとする男の哀れな姿に、仕方なく付き合ってやることにした。大量にかぶっていた猫を脱ぎ捨て、口調もがらりと変えた。


「マナーどころか、常識まで弁えないバカに教えてやるよ。オレはでも王族だ。お前達は一貴族であり、伯爵家とその腰巾着でしかない。勝手にオレの個人名を呼ぶ許しは与えていないはずだ」


 まずはひとつめ。


「貴族階級の最低限のマナーとして、下位の者が上位者へ話しかける際は声がかりを待つ。どうしても話しかける用事があれば、先に名乗って発言の許しを得る――それも破ったな」


 これがふたつめ。


「上位者が口を開かない拒絶を示したのに引かず、勝手に話し続けた挙句、オレの行く手を遮ろうとした。身体に触れる許可も与えていないぞ。だからブラウが動いた」


 さて、どうでる?

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