216.甘やかすのは主人の役目(2)

 文句を言ってもスルーされたので、シフェルは放置して隣のマロンに黒糖パンやスープを差し出した。器の中を眺めて、オレの顔を見る。様子を窺う姿に、どこか怯えた雰囲気が混じっている。別にマナーがどうとか言わないぞ。


「マロンは人間の姿だから、一緒に食事だ」


 言い聞かせると、閃いた顔をして椅子から降りようとした。理由を聞くと悲しい答えが返ってくる。


『僕、床で食べます。ご主人様の隣で食べるのは無礼ですから』


 馬に戻って床で食べると言いたいのだろう。


 誰がそう教えたんだ? 聞く必要もない。前の主人が目の前にいたら、1発どころか顔の原型が崩れるまで殴ってやったのに。


「オレの命令だから、隣で食べること」


 おどおどしながら頷くマロンの事情を知っているらしい、他の聖獣が目を逸らす。問い詰めるのは後だ。椅子の上に立ち上がり、右手のスプーンを掲げて注意を引く。


『へーんしん!』


 それはあれか、特撮の名作! にやりと笑って、親指を立てるオレにブラウが大きく尻尾を振って応えた。


「それでは、いただきます!!」


 大声で叫ぶと、異口同音に挨拶が返った。すっかり定着した食事風景である。がっついてスープを食べる傭兵をよそに、猫舌の聖獣はパンから齧った。具を砕いて混ぜたせいで、先日のポタージュ風シチューと同じように熱い。しかもどろりとしているので、冷めにくかった。


 マロンはオレが座り直すまで、大人しく両手を揃えて待っている。くしゃっと淡い金髪を撫でて、右手にスプーンを持たせた。


「使えるか?」


「いいえ」


 即答か。なんとなく想像してたけど、人間の姿を取れるのに、一緒に食事したことないんだな。7〜8歳の外見の子供を膝の上に乗せた。驚いたマロンは暴れるのではなく固まった。その間に体の向きを直して、赤いボルシチっぽいスープを味見する。


 うん、意外とうまい。なんだろう? 懐かしい味かな。南瓜のポタージュに肉のコクが混じって、砕けた他の野菜もほんのり甘い。少し熱いので、かき回して冷ましていると……向かいにいたレイルがすっと手をかざした。


 ひんやりする感じからして、冷ましてくれたようだ。礼を言って掬って熱さを確かめる。ぬるいの一歩手前、絶妙だな。


「マロン、あーんして」


 スプーンを近づけて、待つ。掬った赤いスープとオレの顔を交互に眺め、ぱくっと口を開いた。そこへ慎重にスプーンを含ませる。大きいスプーンなので、半分ほど口に入った。少し傾けて残りを流し込む。


『美味しいです。でも自分で食べます』


「今日はオレのスプーンの使い方を覚えるのが仕事。ほら、あーん」

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