219.忘れ物と、小さくて大切な約束(2)

 人の気配に反応して目を開ける。そのまま周囲の状況を音で判断するのは、訓練の賜物だった。敵襲と騒がれれば飛び起きるが、人の気配が増えただけだ。どうやら襲撃犯を回収に向かった連中が戻ったらしい。


「おはよう、マロン」


 きょとんとした顔のマロンに声を掛けると、不思議そうに『おは、よう?』と繰り返した。まさかとは思うが、お前、挨拶すら知らないとか? いや、それはないな。この時間のお昼寝でもおはようを使うのか判断できなかった感じか。


 くしゃっと彼の髪を撫でてから起き上がる。報告が来るなら、そろそろだ。テントの入り口を見ると、ジャックが顔を覗かせた。


「ジークが帰ったんだが……」


 だが? 言い淀むジャックの表情に、何かあったと察する。頭の中でいく通りか想定しながら、靴に足を入れた。立ち上がったオレに、マロンが不安そうに見上げるから視線を合わせる。


「小さい馬になれる? いつものぬいぐるみぐらいの」


 大きさを両手で円を描いて示すと、嬉しそうに頷いてくるんと前転した。その間に小さな馬姿に変化する。んん゛、その変身の仕方可愛いな。


 縦抱っこで抱き上げてテントを出た。曇り空は重そうな灰色で、雨が降りそうだ。肩に前足を掛けたマロンは後ろ向き、揺れる尻尾が尻を支える手を撫でる。ぽんぽんと背中を叩いて落ち着かせながら歩き、帰ってきた連中に声を掛けた。


「お疲れ」


「おう。残念だが遅かった」


 オレが? 問うより早く、目の前に積まれた袋に答えを見つける。これ、死体の収納袋だ。


「全部?」


「1人だけかろうじて生きてた」


 死体袋は血が滲まないよう、内側に加工されている。だから開かなければ死体の状況は分からない。しかしケガ人の状況で、大体の事情が掴めた。魔獣に襲われたのだろう。引っ掻き傷が至るところに血を滲ませていた。


「変だな。そいつ話せる?」


「治療すりゃ、なんとか話すんじゃねえか」


「まだ死んじゃいねえ」


 ジャックやジークムンドの返答に、男の脇に屈んだ。低くなったついでに、マロンを横に座らせた。不安なら裾を掴んでていいぞと言い聞かせる。ぱくりと口で裾を噛む姿は可愛い。真似してスノーが隣でぱくりと噛んだ。こっちも可愛いな。


 ヒジリの治癒をイメージするのは怖いので、温かいものが降り注ぐ光景を思い浮かべながら治癒を施す。魔力は大して使わないらしく、すぐに光は消えた。ほとんどの傷が治っているが、完全ではない。慣れない治癒の割に上手くできた。


 満足しながら質問する。


「なあ、魔獣に襲われたにしては……傷に違和感があるんだけど、何があったの」

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