219.忘れ物と、小さくて大切な約束(3)

「……口封じだ」


 まあ、そうだよね。魔獣に襲われたことにして、雇い主の名を知ってる傭兵を殺そうとした。ここまではよくある話だ。


「魔獣はカモフラージュかな?」


「鴨はよくわからんが、魔獣使いがいた」


 鴨じゃないぞ、カモフラージュだ。


「「「「魔獣使い!?」」」」


 一番食いついたのはレイルだ。心当たりがあるのだろう、ぶつぶつ呟きながらピアス経由で部下に連絡を取り始めた。離れていく彼の後ろ姿を見送り、オレは聞いたことがない単語に唸っていた。


「魔獣使いって」


「「「何? とか聞くんだろ(ぜ)」」」


 声を揃えて先を読まなくてよろしい。後ろに控えるベルナルドが説明してくれた。いつもの知恵袋レイルが離れちゃったからね。


「キヨ様、魔獣使いとは言葉の通り、魔獣と言葉や意思を疎通させる能力を持つ者です……その」


 言いづらそうに言葉を濁すベルナルドに代わり、肩を竦めたジークムンドが後半を引き継いだ。


「差別対象なんだよ。本人相手に言えないが、混じり物って呼ばれるんだ。獣の血が混じった人間以外の生き物って意味だとさ」

 

 胸糞わりい。そう付け足したジークムンドの態度がやけに気になった。まるで周囲にそういう仲間がいるような口振りだ。


「魔獣使いの人って、珍しいの?」


 混じり物という表現が差別用語なら、絶対に使わないようにしないといけない。冗談でも口にしないようにしよう。心に誓いながら、傭兵が口にした方の呼び方を使った。


「ああ、魔力がない人間に多いんだが」


「魔力が、ない」


 あれ? 心当たりがあるぞ。コウコがするりと腕に絡み付いて、首の周りに入り込んだ。温かい場所を求めてだろうが、背筋がぞくっとしたぞ。叱ろうと彼女に手を伸ばしたところで思い出した。


「あっ!」


 戦場で転移魔法陣が使えなかった奴がいる。簡易用だから1人ずつしか転移できなくて、だから本人が魔力を持たない彼はコウコに乗せて運んだ。そうだ、確か名前は……。


「マイク?」


 そんな名前だった。オレの呟きに、舌打ちしたジークムンドが訂正する。


「マークだ」


「あ、ごめん。彼も魔獣が扱えたりする?」


「出来るが、あいつじゃないぞ」


 なるほど。オレが疑ったと思ったのか。言葉が足りなくて申し訳ない。ぺこっと頭を下げて謝った。


「悪い、嫌な言い方した。そうじゃなくて、彼がそうなら同じ魔獣使いの痕跡を追えないかな? と思ってさ。協力を頼みたいんだ。疑ったら頼まない」


「……っ、聞いてくる」


 普段は隠しているのだろう。ジークムンドは群れのボスだから知ってたけど、魔力なしの件もコウコが指摘しなきゃ、オレだって気付かないもんな。


「キヨ様の部隊に魔力なしがいるのですか?」


「いるけど」


 ベルナルドは言葉を選びながら忠告した。


「知る者を限定なされよ。彼らは魔法が使えぬ。捕まれば洗脳され、魔獣使いとして酷使されます」


 それって奴隷じゃん。恐ろしい言葉に、オレは頷くしかなかった。

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