142.夜会の裏の傭兵達

 夜会が本格的に戦闘状態に入る頃、傭兵達は用意された食事を温め直していた。


「キヨ、無事かな」


「あの強さで何を怖がれってんだ?」


「予想外の方向に無茶してそうだ」


「ボスなら平気さ。敵を釣り上げて「大漁だ」と騒ぎながら帰ってくるだろ」


「それより、こっちだよ」


「「「ああ」」」


 用意された食事を眺める。公平な分配をする様にと頼まれたノアとサシャが、皿の上に冷えた米をよそう。上に生魚を並べてあるが……手抜きか判断できずに、それも一緒に分けた。


 キヨが作る料理は初見のものが多い。今まで腹痛を起こしたことはないから、多分食べられる物だろう。不安が滲む彼らの横で、ジャックが温め直した汁物をスープボールに注いだ。


「なんか、これ……味が薄そうだけど」


「浮いてる白いの、なんだろう」


 日本人がいれば感涙したかもしれない。キヨヒトなりのおもてなし料理だった。生魚が乗ったちらし寿司もどき、豆腐のお吸い物っぽい醤油スープ、唐揚げ、サラダ、魚の煮物。


 食事の前の「いただきます」の挨拶も身についた傭兵達が、手をつけたのは醤油と砂糖で煮た甘辛い魚と唐揚げ、サラダ。数人は醤油スープを飲んだが、白い具に手をつける勇者はいなかった。


「っ、いくぞ」


 めちゃくちゃ気合を入れたジャックが、目を瞑って白い具を口に放り込む。キヨがいないから残したらいいじゃないか。そんな意見は出なかった。食べ物を残すのは、彼らにとって最大の禁忌だ。ぷるんと柔らかい具を噛んだジャックの様子を、食い入るように見つめる傭兵達。


 ガタイのいい男が寄ってたかって息を飲み見守る姿は、一種異様な雰囲気を醸し出した。


「柔らかいが……味が染みててうまいぞ」


 ジャックの発言の直後、全員が自分のスープ皿に残った白い具を睨み付ける。覚悟を決めた数人が口に運び、その姿を見て残る傭兵達も口に入れた。


「意外と食える」


「おれは結構すきだぜ」


「ぐにゃぐにゃで食べた気がしない」


 いわゆる豆腐なのだが、甘い豆腐を崩さずに糖分だけ抜いたキヨヒトの力作は、賛否両論――初めて食べる人々を混乱に陥れた。ジャックは飲むように流し込み、ノアは不思議そうにスプーンですくった豆腐を眺めてから噛み締めて味を確認する。


 ジークムンドはすでにスープとおかずを食べ終え、最後の砦を前に固まっていた。


「これは、調理を忘れたわけじゃない、よな?」


「完成品だと言われた」


 サシャがぶっきらぼうに答える。同じ疑問を持って確認した彼は、キヨヒトから聞いた説明を繰り返す。曰く民族料理だが、これは生でも食べられる魚だから大丈夫で、酢飯という米と一緒に食べろ――胡散臭そうに話を聞いたジークムンドは、スプーンで魚と米をすくった。


 固められた料理を崩すようにして口に放り込む。


「ふぐっ……」


「大丈夫か?」


「水、水のめ」


 大騒ぎする周囲を他所に、ジークムンドは目を見張り……皿の残りを勢い良くかっ込んだ。


「おれは好きな味だ」


「まじか!?」


「食べ物で間違いなさそうだ」


「ジークが言うなら、覚悟を決めた」


「死なば諸共」


 途中で不吉な言葉が混じったが、傭兵達は一気にちらし寿司を頬張る。


 最終的に「どうしても無理」と半泣きでご飯を辞退した奴が8人ほどでたが、他の傭兵達は文句なく食べ切って、残った8人分を奪い合う事態となった。


 後にキヨヒトは「あれは米酢が見つからなくて、黒酢使ったのでいつかリベンジする」と語ったという。

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