152.平凡と呼ぶには異常な朝(2)

 ジークムンドの指が遠慮なくトリガーを引いた。


「よっと」


 掛け声ひとつで、飛んできた弾丸を避ける。この世界の人間には不思議がられるが、銃口が向いている方向から己の身をズラすだけだ。これは勘のいいプレイヤーだと、サバゲーでも出来る奴がいた。


 オレはこの世界でチートを得て初めて出来るようになったが、トリガーを引く瞬間の僅かな気配は独特だ。注意して見ていれば気づける。逆に言えば戦場ではあまり役立たなそうな能力だった。


 混戦状態になったら、周りを観察して銃弾避けるより、万能結界を張る方が圧倒的に早いし確実だから。それでも今のように1対1なら使える技術なので、磨いておくに限る。いざというとき鈍ってたら目も当てられないぞ。


 耳の脇を過ぎる銃声が熱を伝える気がした。ぞくりと背筋が震える。毛を逆撫でされる気分だった。銃弾が飛んできた方向へ、腰のベルトから抜いたナイフを投げる。反射的な行動は考えるより早かった。


「悪い!」


 先に謝っておく。銃を狙ったナイフが、ジークムンドの手に掠めた。咄嗟でずらすのが間に合わなかったが、彼は赤くなった手で降参を示す。戦線離脱の合図だ。駆け寄って血で赤くなった手に、絆創膏を握らせた。


「本当にごめん。もったいながらずに使えよ」


 部下にすると決めたからには、傭兵とのコミュニケーションを疎かにする気はない。彼らはオレの仲間だ。金銭面だけじゃなく、戦争で他国の兵士や騎士に負けて数が欠ける可能性なんて考えたくもなかった。必ず生き残るように、たとえ敵に捕まっても諦めないように、彼らに教えたい。


 こうしてケガ人に絆創膏もどきを渡すのは、破格の対応だと知っていた。傭兵に大切な治療用品を渡す騎士や兵士はいない。そこらに生える薬草に詳しくなるくらい、物が足りない境遇で生き抜いた傭兵に「ちゃんと使え」と命令するのはオレの仕事のひとつだった。


 命じないと、彼らは「もったいない」と保管するのだ。前に渡した絆創膏を使わない姿をみて尋ねたが「戦場で死にそうなときに使う」と答えられて、唖然とした。鳥属性で治癒を使える連中はいるが、数が少ない上に魔力を消耗する。金を払うか、同じ班を組んだ仲間でなければ、治癒魔法を使わない。


 自己治癒力だけで生き抜くなんて、魔法のある世界とは思えないほど原始的だった。便利な絆創膏もどきは金で買える。多少高額でも、普段から使わせて生存率を上げるのは上司の役割だろう。


「いいか? 絶対に使え」


 上司として命令し、ジークムンドが頷くのを確認して走り出す。まだ朝の訓練は15人ほど残っている。休みのメンバーもいるが、基本的に30~35人を勝ち抜くのが定番のコースだった。ちなみに今日は32人である。

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