164.被る猫は自前です(3)
「ジシュ、とは?」
おっとこの世界にない単語らしい。翻訳できてないよ。ん? この世界の犯罪者は自首しないのか。まあ指紋だとかDNA検査がないから、逃げ得があるのかも。
「自分から罪を認めて謝罪しに来ることかな。そうしたら罪を軽くしてあげられる。ついでに命令した主犯の名前を自ら教えれば、もう半分以上許してもいいくらいさ」
「……っ」
絶句したランズロア卿に、丁寧に説明を付け加えた。
「オレのいた世界では『司法取引』って言葉だったかな。そういう概念がある。自分から罪を告白することは怖い。その恐怖を乗り越えることで、反省してると判断して罪を軽くするんだ。そうしたら他の犯罪者も名乗り出やすくなるだろ?」
「そもそも罪を犯した者は名乗り出ないと思いますが」
そういう考え方が強いのか。世界が違うとまったく別物だが、中世だとオレがいた世界でも似たような反論されたかも。
退屈してきたヒジリが、袖をぐいぐいと引っ張った。もう行こうと言うのか。ブラウじゃないんだから、大人しく……喉のところまで出掛かったセリフを飲み込んだ。
にっこり笑って、結界をノックする非常識な奴がいる。ブロンズ色の長い髪をもつ、美しい御令嬢だ。兄に似た美女だが、先日の夜会で本性の一端を垣間見たので、鑑賞対象ではなく用心すべき人に分類されてしまった。
これは目立つ。仕方なく結界を解いて、騎士に向き合った。
「ランズロア卿、連絡ありがとう。もし気が向いたら、彼にオレのところへ来るように言っておいてくれる?」
いい子のエミリアス辺境伯の仮面を被り、遠回しに自首を勧めるようお願いしておく。頷いた彼が離れるのを見送り、手を差し伸べて待つ美女の前で一礼した。
「お待たせして申し訳ございません。ヴィヴィアン嬢、本日もお美しいですね」
にっこり笑って指先に唇を寄せる。ここで実際に手に唇を触れてもいいのは婚約者や親しい親族だけ。マナーの先生に習った通り、手前で止めて顔をあげた。
「さすがに洗練されてますわ。お兄様がたたき込んだだけありますわね」
マナーの先生の隣で、シフェルにもびしばし鍛えられた。片足でもバランスを崩さず上手にご挨拶出来るようになりましたとも。髪が一房首にかかったのが気になり、断りを入れてから髪を解いて結び直した。
「美しい髪色ですこと」
「ありがとうございます。ヴィヴィアン嬢のブロンズは、兄君と同じですね」
にこやかに会話をしながら歩き始め、さり気なく人目が少ない廊下を通る。この上階の客間で、リアムが待っているのだ。ウルスラとシフェル、レイルも合流予定だった。
ちなみに、兄であるシンは人目を惹きつける役を頼んだので、城外視察と称して貴族を引き連れて街中を練り歩いている。宮殿の廊下に貴族が少なかったのは、そのせいもあった。副産物で、ランズロア卿と話が出来たけど。本命はあくまでも今後の予定を決める会議だった。
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