164.被る猫は自前です(2)

 陰口みたいで気が引けるランズロア卿だ。それでも自分から声を掛けたのは、黙って見過ごすタイプじゃないから。これがオレ相手じゃなくても、きっと教えてあげるんだろう。


 よくいる正義感の強い同級生って感じだ。クラスの子の悪戯を先生にバラしちゃう子ね。あとでバラした子が虐められたりするから、ちゃんと先生のフォローが必要なわけ。今回はオレが後の始末まで気を回すから、安心して話してくれたまえ。


 豪華な絨毯を踏み締めて、宮殿の廊下で彼が口を開いた。迂闊なようだろ? でも逆にオレがそこらの空き部屋に彼を連れ込んだら、それを見た同僚に悪口を言われて爪弾きにされる。こんな人通りの多い場所なら、オレに個別の用があったんじゃなくて伝言でも頼まれたと誤魔化せるじゃん。


 あと宮殿の廊下は異常に広いんだ。ここみたいに交差点になってると、どこのスクランブル交差点ですか? って広さがある。侍従や貴族がひっきりなしに行き来する廊下は雑音が多くて、話が聞こえる距離まで近づく奴は早く見つけられて便利だった。


 透明な防音結界も張っておく。これで話がよそに漏れる心配はない。そう念押しして説明したら、ようやく彼も安心してくれた。


「エミリアス辺境伯閣下の暗殺未遂ですが……裏で手を引いた貴族を知っています。聖獣様に殺された実行犯を手引きした者も……」


 一度言葉を切った彼の震える拳に、優しく手を触れた。握ったり解いたりしない。ただ乗せるだけだ。


「手引きしたのは、同僚なの? 辛いね」


「え、あ……はい」


 言いづらそうな仕草で察してしまった。同僚の中でも、それなりに付き合いのある相手なんじゃないか? 名をいきなり出さないあたり、まだ彼に迷いがあるんだと思う。


 握り締めた拳から少し力が抜ける。その手首を掴んでひっくり返し、わずかな指の間に収納から取り出した小さな袋を押し込んだ。水色のリボンが結ばれた袋を、ランズロア卿の手が受け止める。


「甘いクッキーでも食べて気を楽にして。これなら賄賂じゃないし、ね」


 ウィンクしてから彼の顔を覗き込んだ。身長差のおかげで、俯いた彼の表情も確認できる。たまには便利な低身長……でも背丈は欲しい。


「暗殺未遂の主犯は、もうすぐシフェルが捕まえるよ。追い詰めてる最中だ。残念だけど、手引きした騎士も……時間の問題だと思う。だから彼に自首を勧めてみないか?」

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