86.当たり前すぎる差別(1)

「街の外に待機だ。当然だろう、ゴミみたいなれん――ッ!?」


 最後まで言わせるか! 魔力を纏ったオレの右拳が門番の顔面を捉えた。ヒジリの上に立ち上がってバランスを取ったオレに吹き飛ばされた男は、地面に後頭部を打ち付けて起きてこない。


「キ、キヨ?」


「何してんだ、お前」


 焦ったジャック達の声が、まるで水の中で聞くように遠かった。


「あ゛ん?」


 濁点付きのオレの唸り声に、ジャックもライアンも口を噤んだ。じろりと振り返った先で、ノアが苦笑いしながら取り出した水を手渡す。ぐいっと飲んで返した。


「何をしているっ! 貴様、門兵に逆らうと……」


 無言で2発目の拳をお見舞いした。倒れた門番をブラウが踏みつけて上に座る。どかっと座った青猫は元の巨猫サイズで、気絶した2人をしっかり押さえつけた。聖獣がいるため、他の門兵は槍を向けたまま動かない。


 騒ぎを報告するらしく、数人の兵が街の中へ駆けていくのが見えた。賑やかそうな街は、夕暮れの買い物時間帯なのだろう。たくさんの人が行き来し、一部は足を止めて騒動を見物してた。


『主殿はまっすぐだな』


 止めなかったくせにヒジリがぼやく。賢い奴はこのまま聞かないフリで流すのかもしれない。過去のオレが道端に捨てられていた子猫を「家で飼えないから」と言い訳しながら見捨てたように、子猫が明日には冷たくなることを知りながら通り過ぎたように。無視するのが賢いんだ、きっと。


「だって許せねえよ、こんなの」


 正義感を振り翳すのとは違う。自分勝手な感情が胸をいっぱいにして、呼吸できないくらい苦しい。怒りと悔しさと悲しみと、誰も助けの手を伸ばさない不条理も。


「……何に怒った?」


 サシャが首をかしげる。その気にしていない様子に、オレは悔しくて目が熱くなった。涙なんか零してやるもんか! そう強く思いながら拳を握った。殴った手に爪が食い込むが、ひとつ大きく息を吸って声を絞り出す。


「逆になんで怒らないんだよ」


「いつものことだ」


「そうだぞ、普段どおりだ」


 当然のように言われた。やっぱりと思う気持ちがじわりと胸に広がり、つづいて上書きする形で怒りがゆらりと身を起こす。声が感情で揺れた。


 ジャックもノアも、後ろにいるジーク達も、二つ名持ちは戦場で恐れられる存在だというのに、それだけの功績を残しても、まだ……街に入るのに差別される。本人が自覚してないのもあるが、一発で伸びて立ち上がれない程度の実力の奴に、どうしてオレの恩人や仲間が見下されなきゃならない?

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