86.当たり前すぎる差別(2)

 幼い頃からゴミ扱いされて、抗う気力も失せるほど蔑まれたのか。伸し上げる道も見えなくて、ずっとぬかるんだ泥道を歩かされたから、諦めたという自覚すらない。ごつい見た目に反して、本当に優しい連中なのに底辺の扱いを疑問にすら思ってない。


 なんで! オレがこんなに悔しいと感情が煮えたぎってるのに、コイツらは平然としてんだよ! 悔しいって言えば……。


 ふと気づいた。レイルが傭兵の中で浮いていたのは、このせいじゃないか。アイツは自分が置かれた現状に満足しなかった。孤児を拾って育てて利用してる。そううそぶいて、孤児に飯や仕事を与えてた。悪者ぶった言い方するけど、レイルが一番まともな神経を持ってたんだ。


 傭兵と距離を置くのも、情報屋だからじゃない。この虐げられた差別著しい状況に納得してる奴らをみて、自分は違うと奮起した結果だとしたら。


「オレは許さない。お前ら気づけよ! 謂われない差別なんだぞ。抗う力もあるのに、どうして大人しく従ってやる必要がある?」


「抗ってどうする?」


「この世界、数の多い方が勝つんだよ」


「キヨは大丈夫なんだし、なぁ」


 オレが大丈夫で門内に入れるからとノアは呟いた。諦めたジーク達の声に、騒ぎに集まった傭兵達へひとつの例を出した。


「なら、オレが同じ目にあったら? ここで門番に『異世界人だから街に入れない。汚らわしい、近づくな』と言われたら……」


「殴り倒す」


『殺す』


「全力で排除する」


 聖獣含めて即答された。こんなに優しい奴らなのに、自分をもっと大切にしてもいいと思う。どうにもならない感情が頬を伝った。溢れた感情を誤魔化すように、乱暴に頬を拭う。


 爪が傷つけた手のひらの血が顔に付いて、不快な感触がぬるりと頬を滑った。気づいたノアが差し出したタオルを受け取ると、ヒジリが心配そうにオレを見上げる。ずっとヒジリの上に立った状態だったのを思い出し、彼の上に座り直した。


 器用な黒豹がぱくりと右手を咥え、優しく舐めて治してくれる。お礼代わりに頭を数回撫でた。慰めるようにコウコが影から腕に絡みついて、首筋に巻き付く。長い二又の舌で頬を舐めるのが擽ったい。すこしだけ気持ちが落ち着いた。


「キヨ?」


「お前らがそう言ってくれるの嬉しいけど、だったらオレの気持ちも理解してよ。大事な仲間を差別されて、『コイツらは傭兵だから外だ』と言われたオレが怒るの、当たり前じゃんか」


 どうしても涙がこぼれてみっともない。外見が子供になってから、感情の起伏が激しくなった。悔しくて声を出すたびに震えるし、一言ごとに涙が頬を濡らす。ぐしぐしと手荒に顔を拭ったところに、捕虜の後ろから悲鳴が上がった。

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