289.事情はわかった、反撃だ(4)

「なるほど。さすがはセイだ。それに王侯貴族の屋敷は抜け道もあるから、危険が迫れば逃げる方法もあるな」


「ああ、地下の一番左の樽の裏に扉が隠してあるんだ」


 ……普通秘密なんだよ、それ。あっさりと逃げればいいじゃんと抜け道の存在を暴露する皇帝陛下と、抜け道の場所を事細かに説明する元跡取り息子。これは信頼されてると思ったらいいのか。それとも叱る場面か?


『主殿、捕まえた狙撃犯は持ってくるか?』


 持ってくる? 物騒な表現だな。


「生かしておいて」


『ならば咥えて運ぶゆえ、許可が欲しい』


「うーん、仕方ない。いいよ」


 嬉しそうに尻尾を振ったヒジリが影に入っていった。犯人とやらを咥えて空を走る黒豹、雰囲気はファンタジーだが絵面はシュールだ。死にはしないだろうが、恐怖で反省してもらうのは大切だよ、うん。別に嫌がらせじゃないぞ。


「情報屋の拠点に移動だ」


「「「おう」」」


 食べ終わったライアンも異論はないらしい。ノアの顔色も良くなってきたし、戦力に問題はない。転移の魔法陣として使用する円を描いて記憶の中の魔王召喚の魔法文字を並べた。装飾過多と批判されてたが、オレはあのゲームの魔法陣好きだぞ。じっくり眺めてニヤついてた時期が、今こうして役に立ってる。この世界の奴らが発動できない魔法陣で、なおかつ厨二心をくすぐるデザインは完璧だった。


「ブラウ~、この間のレイルの拠点、覚えてる?」


『僕が覚えてるわけないじゃない』


「だよな、聞いたオレが悪かった」


 ぷいっと他所を向いて次は誰を呼ぼうか考える、フリをしたら?


『ちょ、嘘。僕が覚えてるよ』


「じゃあ、本当かどうか。先に行ってみてくれよ」


 むっとした顔でブラウが空を走っていく。え? アイツ、影から移動すれば速いのに。まあいいやと見送り、ブラウの魔力を辿る。ほぼ一直線に走った猫は突然止まった。どうやら到着したらしい。


「よし!! 行くぞ」


 ライアンを加えた全員で転移する。非常識な量の魔力はいまだに尽きる様子はなく、お陰で楽して反撃できそうだった。教会の場所が曖昧なので、座標に送り込んだ青猫を終点として指定した。このために呼んだんだからな。


 瞬きの間に移動した場所は、庭の茂みの影だった。目の前に騎士のマントがひらり、慌てて結界を張る。透明に向こう側が透けるけど、中の人は見えない都合のいいガラス玉。咄嗟だったので、音を防ぐ効果を忘れた。慌てて付け足す。


「……むぐ」


 口を自分で押さえたリアムの後ろで、ほぼ全員が己の口を塞いでいた。オレは振り返って「問題ないぞ、音は消した」と伝える。途端にベルナルドが大きく息を吸い込んだ。お前、もしかして口と一緒に鼻を塞いだな?


「それじゃスノー、マロン。協力してくれるか?」


『頑張ります』


『僕だって役に立ちますから』


 スノーもマロンも素直で可愛い。抱き着いたチビドラゴンとポニーを撫でながら、マロンにお願いした。


「人の姿で探りに行って欲しい。あの建物の中に出て、手紙を渡してくれるか。これはマロンにしか頼めない重要任務だ」


 半分は誇張したが、半分は本当だ。子どもの姿だから紛れ込めるし、いざとなれば影を使って逃げられる。オレが行ってもいいが、この場のメンバーを危険に晒すのは無理だった。リアムがいるから。


 大きく頷いたマロンの目が輝いて、嬉しそうに笑う。可愛いから頭を撫でてやった。手紙には状況を知らせて欲しいと書いたが、そこで気づいた。


「読めるけど、書けないんだっけ?」


 この世界のルールだ。話せる言葉は読めるが、習わないと書けない。つまりオレが渡した手紙を組織の子は読めるが、返事が書けないのだ。マロンに伝言を頼むしかないだろう。


『僕が覚えて持ち帰ります』


「うん、頼むな」


 書き終えた手紙をマロンのポケットに隠し、影に飛び込む子どもを見送った。あの姿だと少年兵みたいで可哀想な気がする。でもカミサマの分身だからオレより年上か。

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