289.事情はわかった、反撃だ(3)

「ほら、治療するから手を出せ」


「キヨ、もう東に帰ってきたのか」


「うん、転移があるし。ジャック達とも合流した」


 言いながらライアンの汚れた赤い手を掴む。治れ、治れ、とにかく綺麗に元通りになれ。思いつく文言で快癒を願った。オレの治癒能力の使い方はおかしいらしいが、正常な使い方を見たことがないからこれでいい。魔力をとにかく大量に送り込んで、治るように祈るだけだった。


「もういいぞ」


 手足も無事だし、内臓も損傷してなかったらしい。その意味ではノアの方が重傷だった。魔力の消費量が圧倒的に少ない。絆創膏もどきを収納から出したら、ノアが率先して受け取り、表面の痣に貼り始めた。サシャも手伝う。


「なんで捕まってるんだよ」


 浄化を使ってライアンの身を綺麗にする。絆創膏貼る前に、まず傷口を洗えっての。このおおざっぱさが傭兵らしいけどな。文句を言いながら、パンを渡してナイフで縦に切れ目を入れた。そのまま齧ろうとしたライアンを待たせて、間に肉野菜炒めの残りを挟む。これはオレの夜食用だったが、他に適当なおかずがないから譲ろう。


「いただきます」


 きちんと挨拶して食べているが、じいやが怪訝そうな顔をした。挨拶ではなく、ライアンが声を顰めないことが気になったらしい。


「ここの牢の監視は?」


「いない」


 ライアンは答えだけ寄越すとパンに齧り付く。


「「「は?」」」


 思わずハモったオレ達にライアンが説明したのは、驚きの状況だった。ジャック達と逸れたのは、敵を分断する目的だ。実際4割近い敵を引き付けて駆け込んだ森の木によじ登り、狙撃で半数まで減らしたという。その後は息を殺してやり過ごし、夜になって敵が引き上げたところで街に戻った。


 灯台下暗しだっけ? 森の中で野宿するより安全で、暖かい。彼の判断は間違いじゃなかった。そのまま元貴族の屋敷に潜り込み、応戦で傷ついた体をここで休めていたのだ。前から思ってたけど、理知的な顔立ちのくせに本能むき出しの判断が多いよな、ライアン。


「思ったより広い」


 部屋を見回したベルナルドが「よい場所だ」と言わんばかりに唸り、じいやは鉄格子の外を警戒していた。


「セイ、私は牢に初めて入った!」


 嬉しそうなお姫様に、笑みが漏れた。


「普通は一生入らない場所だもんな、皇帝陛下」


 茶化す口調に、ふふっとリアムも笑った。オレは先日放り込まれたけど、普通は王族や皇族が牢にぶち込まれる事態は考えづらい。入れられるにしても貴賓室に監禁くらいだろう。


「ライアンが捕まって拷問でもされたかと心配したんだぞ」


 口いっぱいに頬張ったパンを噛む男の頬を、つんと突いて文句を言う。自分から牢に入るあたり、考え方は柔軟なのか。どうりで捕まったと表現した時、変な顔をしたわけだ。


「ジャック達との合流、ライアンの回収が終わったから……えっと、次はレイルの組織の様子を見に行って、大丈夫そうならアーサー爺さんの救出に向かおう」


 指折り数えて順番を確かめる。時々やらないと、何か抜けるんだよ。買い物して帰宅した後に「あ、買い忘れた」って経験ないか? オレは結構多いんだが腹立つんだよな、あれ。


「アーサー殿は最後でいいのか?」


 心配そうに尋ねるリアムに大きく頷いて理由を説明した。


「レイルの組織は民間だし、戦い専門の実行部隊はいるけど……基盤が弱い。あの建物に立てこもっても、すぐに突破されちゃうだろ? だから死傷者が出やすい状況なんだ」


 頷くリアムを待って、続きを説明する。


「でもアーサー爺さんは屋敷だ。貴族の屋敷ってのは、ある程度立て篭れるだけの備蓄や装備があるし、騎士や兵士も雇ってる。余裕があると思うよ」


 多分だけど……元宰相閣下のお屋敷なら、抜け道も作ってると思うんだ。地下道を抜けて、町外れの井戸に出るとか。通常は秘密だから存在自体口にしないけどね。

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