310.預けた先で思わぬ事態(2)

 金持ちの感覚や規模ってズレてるな。豪華すぎる建物をぐるりと見回し、溜め息を吐いた。この建築費用はどこから出るんだ? 領地の皆さんが働いた税金だろう。無駄に凝ったアーチとか、普通に平らな天井でいいじゃん。


 メッツァラ公爵家当主が留守なので、当然奥様のクリスティーンがお相手してくれる。皇帝陛下とその婚約者、北の王族と豪華な面々は客間に通された。人ん家の敷地に別宅建てておいて、客間って……どうなの?


 出されたお茶を、まずじいやが確認する。オレ、レイル、リアの順で口をつけた。じいやには飲まないように言ってある。毒に詳しいのはオレとレイルで、本当ならレイルが毒見役だった。ただ、中央の宮殿内だと客人なのだ。難しい立ち位置をあれこれ検討した結果、毒見を始める頃にはお茶がやや冷めていた。


「うまっ」


 なんとも言えないとろみがある。不思議な舌触りと芳醇な香り。本当に美味しいものを口にすると、素人でもグルメ番組のレポーター並みのコメントが浮かぶのは不思議だった。


「ふむ……ブレンドしてある」


 後ろでじいやも口をつけ、半分はセイロンではないかと呟いた。残りが分からない。リアもレイルも首を傾げるが、お茶会じゃないからな? お茶の銘柄が出てこなくても失礼じゃないぞ。


「お待たせしました。こちらのお嬢様の件ですね」


 騎士服じゃないクリスティーンは久しぶりだ。ドレス姿もいいが、今日はロングのワンピースだった。共布のボレロ、だっけ? 短くて腰と胸の間くらいの丈しかない上着を羽織っている。この場合、ワンピースの表現はおかしいのか。


 手を繋いで入室したのは、愛らしい少女だった。こんな可愛かったか? カレーを頬張ってる時は可愛かったが、無口で無愛想な子だったよな。今は目をきらきらさせて、鮮やかな緑のワンピース姿だった。レースやフリルがふんだんに使われ、どこから調達したのか気になる。


 だって預けたの、昨日の夜だぞ? シフェル達に子どもがいないのに、どうして女児の服があるんだ??


「クリス、突然ごめん。レイルのお嫁さんなんだって」


「婚約者ではなく、夫がいると聞いています。どうぞ」


 あっさり手を離し、丁寧にお礼を言った少女がレイルの広げた腕に飛び込む。異世界で違法ロリコンの幼妻A Vが繰り広げられた場合、どうしたらいい? 下手に突っ込むと危険だ。本能が回避を要求する。


 手を繋いだリアがきゅっと強く握り、ゆっくり首を横に振った。何も言うな、と示されて従う。


「よかった! アディ、いなくなったと聞いた時は心配した」


「ごめん」


 なんだか、少年みたいな名前だな。ぼんやりとそう思いながら、お茶を流し込む。置かれた菓子を齧り、半分に割った残りをリアに差し出した。素直にぱくりと食べたリアの微笑みに、オレも笑い返す。うん、ただ現実逃避してたんだけどね。


 親友がこんなに情熱的にロリ……げふん、幼女、でもないか? 中学生未満の少女を抱き締めるなんて。誰が想像できたか。


 謝る少女の声が高くて、まだまだ幼いのだと主張してる気がする。オレやリアの婚約も、外から見たらお飯事に見えるのかも。


「保護に感謝する」


 王族としてきっちり礼儀正しく、メッツァラ公爵夫人に礼を尽くすレイルは、まるで別人だった。オレが知るレイルじゃないみたいだ。


 つんと袖を引くリアを振り返ると、くすくす笑いながら頬を指で突かれた。


「寂しいのだろう? 友人の知らない一面を見て、嫉妬してないか?」


「……してるかも」


 小声で交わした会話は、じいや以外聴こえていない。あれだけ長く一緒にいても、喧嘩して仲直りしても、割り込めない場所ってあるんだな。


 ま、オレとリアの間に割り込んだら、レイルでもやっつけるけどね。そう考えたらお互い様だった。

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