145.臭い奴なんて知らないな(3)

「メッツァラ公爵令嬢のスカートに隠れますか?」


 くすくす笑う男は勝ちを確信したらしい。確かに普通ならこの毒が回れば、しばらく話せなくなる。呼吸困難になるが、死に至る毒ではなかった。いわゆる嫌がらせのための毒なのだ。こうした口撃中に話せなくなるのは致命的だった。反論できなくては、言い負かされてしまう。


 グラスを握り潰したシン、ハンカチで止血しながら厳しい顔のレイル、むっとした顔で玉座から腰を浮かしかけたリアム――逆にシフェルは飄々としていた。子供の外見を利用して同情を集めるオレの手法を、身を持って知る男は意味ありげに頬の傷を撫でる。


 あの傷はオレがシフェルに刻んだ。初めて赤瞳になった時に、降参するフリで投げたナイフの痕だった。治癒で消せるくせに、戒めだと残した傷を撫でながら、頷くシフェルの許可に笑いがこみ上げる。この国の貴族のくせに、皇帝や公爵家を敵に回すなんて……愚か過ぎる。


 得意げなその顔を派手に潰してやろう。もう隠し事は要らない。リアムの性別を公開するためにも、オレは1日でも早く足場を固めて、彼女の婚約者になる必要があった。高揚する気持ちを抑えずに開放する。ふわふわとして地に足のつかない感覚が身体を満たした。


 準備は万全だ。いつでもやれる。


『主殿』


 ぱくりと左手首を口に含んだヒジリがもぐもぐと口を動かし、がりっと音を立てて噛んだ。聖獣の行動の意味が分からないリーゼンフェルト侯爵の目には、治療行為は別の意味に映ったらしい。


「聖獣殿にも見限られたようで……っ」


「何の話かわからないけど、あんたはオレがわけ? その認識で間違ってないよね」


 噛む必要はないと思うが、今回はその方が早かった。毒がまわりかけた筋肉や皮膚、血管ごと砕いて治癒する。おかげで体内に流れた毒のしびれも、ほとんど消えた。


 お手柄のヒジリの頭を撫でて喉も擽った。ヒジリの背に飛び乗ったブラウが、さりげなく頭を隙間に入れて自分も撫でてもらおうと試みる。こういうところが、ホントに実家の猫そっくり。


「ブラウ。おいで」


 小型化したブラウを抱きしめ、見せつけながら喉を撫でた。気持ちよさそうなブラウをよそに、コウコが侯爵相手にシャーと声をあげる。スノーは大人しく肩に乗り頬ずりしながら、目の前の男を睨みつけた。

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