02.初戦は苦戦

 顔を上げたら、目の前を銃弾が飛んでいくって―――おかしくね?


 引きつった顔で見回した風景は、どう柔らかく表現しても『戦場』。


 それも激戦区のど真ん中らしい。




「おい、そこの!」


 洋服の首筋を引っ張られて後ろに転がれば、ぐるりと一回転して着地した。勢いよく落ちたので、したたかに打ち付けた尻が痛い。


 地面に穴を掘って塹壕のようにしてあるようだ。落ちた穴は60cmほどの深さで、左右に伸びていた。


 U字溝みたいな形を思い浮かべると近い。


「いてっ……」


「痛くてよかったな、生きてる証拠だ」


 叫びながら、隣の青年が銃の引き金を引く。


 見たことがない見事な赤毛――燃えるような赤と対照的な薄青の瞳が印象的だった。なんというか、アニメの中でもないと見ない色彩だ……と思う。


 銃声に耳を塞いで視線を向ければ、相手も不思議そうな顔でこちらを見つめ返した。じっと互いの瞳を覗き込むだけの時間を、爆音が引き裂く。


 ダーン!!


 音に遅れること1秒で衝撃波が地を走った。引っ張られて首を竦めたオレの上を風の圧力が抜けていく。


 顔を引っ込めなければ、鼻から上が吹き飛んだかも知れない。


 ぞっとした。


「整った顔が吹っ飛ぶぞ」


「あ、ありがとう」


 というか、整った顔? 平均・人並み・50点評価のオレに『整った顔』って言った?



 現場の状況を忘れて、天を仰ぐ。両手を組んでカミサマにしっかり感謝した。


 ありがとうございます!!! 

 ちゃんと美形にしてくれたんですね!


 手元に鏡がないのは非常に残念だが、美形になっているらしい。この場を切り抜けたら、すぐに鏡を探そうと心に決めた。



 両手を組んだオレを上から下までじっくり眺めた男が目を見開く。


「……お前、まさか武器なし?」

 この戦場で、まさかの丸腰。


 愕然とした呟きの直後、再び爆音が轟いた。さきほどより小さな爆発音だが、距離は近い。


「えっと……はい」


 前方に飛んできた手榴弾らしき衝撃で、少し耳が遠い。


 顔に『ありえない』と書いて尋ねる青年に思わず敬語で頷けば、眉を顰めて溜め息を吐かれた。


「仕方ない、貸してやる。死んでも壊すなよ」


 命より銃ですか? 引きつった顔で頷く。


 腰のポーチからバラの銃弾を掴んで差し出され、反射的に手を伸ばして両手で受け取る。続いて小銃をホルダーから引き抜いて渡され、慌てて銃弾を自分のポケットに放り込んだ。


 手の中の銃は、サバゲーで使っていたものより軽い。


 これ、玩具じゃないよな?


 疑いを飲み込んで、オートマらしい銃の弾倉を引き出して確認した。


 このタイプの扱いは、ゲームで使うエアガンと大差ないらしい。弾倉を戻して安全装置をはずした。


 人に銃口を向けないのは最低限の礼儀だが、塹壕の外は人同士が撃ち合うリアルな戦場だ。


 撃たないと撃たれるだろう。



 茶色い地面がひたすら広がるここが、どこなのか。


 とりあえず塹壕があちこちに掘られており、そこかしこで人や銃口が頭を覗かせる物騒な状況なのは間違いない。


 顔を覗かせて周囲を確認し、慣れた手つきでトリガーに手をかけた。


 人を殺したくない。


 そんな悠長なことを言っていられる状況じゃなさそうだ。


「援護と突撃、どっちがいい?」


「……突撃、かな」


 援護の方が安全そうだけど、以前に援護対象の仲間を後ろから撃って怒られた記憶が過ぎる。


 視界の端で動くものがあると、つい撃っちゃうんだよな。悪い癖だと思うが直らないので諦めていた。


 知っている仲間は、最初から聞かずに「突撃しろ」と突きつけるのが常だ。久しぶりの二択だが、自分の癖を理解しているから普段通りの選択をした。


「よし!」


 行って来いと指差された先は、ひどい惨状だった。



 黒く光る地面は、少し角度を変えれば深い赤だとわかる。つまり、あの場所は染みこまないほど血が流れた場所なのだろう。


 塹壕の中に数人が寝転がり、銃口だけ覗かせて応戦していた。


「……あそこ?」


「ああ」


 否定して欲しくて尋ねたのに肯定されてしまい、手の中の銃に目を落とす。


 黒い銃のトリガーに手をかけた自分の指……。


 少なくとも転生? というか、死んだままの年齢だから転移なのか? をしてしまった以上、この世界で生きていくしかないのだろう。


 つまり、殺さなければ殺される。


 覚悟を決めてひとつだけ大きく深呼吸した。


 硝煙、血錆びた臭いが一度に胸を満たす。吐きそうになるかと思ったのに、意外と平気だった。


 興奮状態で麻痺しているのかも知れないが、吸い込んだ息をゆっくり吐く。


「行く!」


 頼むと言えるほど親しくないが、銃を貸してくれた親切な赤毛の青年に覚悟を告げて飛び出した。


 援護の銃弾がどこを飛んでいたのかわからないほど、銃弾が飛び交う中を駆け抜け、ほぼ無傷で前方の塹壕に転がる。


 スライディングの途中で足首を少し擦りむいたが、これは傷のうちに入らないと切り捨てた。


 後ろをちらり確認すると、赤毛の青年がひらひらと手を振って姿を消す。彼は彼なりに動くのだろうと判断して、銃を構えた。



 こちらの塹壕からだと、敵の顔が見えるほど近い。


 ……うわっ。


 目が合った瞬間、反射的にトリガーを引いていた。


 相手の手に握られた銃口がこちらを向いていたのもあるが、睨み付けられた視線の強さもある。


 射殺されるとは、こういう状況を言うのではないか?


 突き刺さるような視線から逃れたくて、手が勝手に動いた感じだった。



 真っ赤な血を吹き出して倒れる男……を想像したのに、顔の左中央に銃弾を受けても倒れる様子はなかった。


 逆にこちらに向けた銃から連射してくる。


「ちょ…っ」


 死なないとか、反則でしょ!!


 顔を引っ込めて頭上を通り過ぎる銃弾を見送る。


「あ゛? おまえ、素人か!? 魔力なしの銃弾なんか効くわけねえだろ!!」


 同じ塹壕にいた茶髪の男が怒鳴る。30歳代くらいだろうか、顔に大きな傷があり口が悪い。


 まあ現状、怒鳴りたくなるだろうが……。


 素人呼ばわりされても腹が立たないのは、敵がけろっとしてたからだろう。倒せていないのだから反論のしようがない。


「……銃弾に魔力?」


「………本当に素人かよ」


 銃を撃てていたので、余計に脱力したらしい。


 素人が戦場にいるなど、確かにおかしい。彼が項垂れるのも仕方なかった。


 逆の立場なら、間違いなくオレも同じような反応する。


「銃は誰の?」


「後ろの壕にいる赤毛さんのです」


「は? 赤魔の銃持ってて素人!?」


 へえ、銃を貸してくれた赤毛さんは『セキマ』という名前なのか。銃を返すときの為に名前をしっかり記憶する。


「魔力の制御は?」


「よくわかりません」


 格好つけても意味ないので、正直に申告する。


 その間も頭上や周囲の銃声は止むことなく、うるさい耳鳴りも慣れてきた。


 男は塹壕の縁に寄りかかったまま、少し唸る。


「教えてる時間ねえし、隣で死なれても寝覚めが悪ぃか………おい、お前」


 『お前じゃなくて、聖仁きよひとなんだけど』、咄嗟に口をつきそうになった言葉を飲み込んだ。今は呼び名をどうこうする場面じゃない。


「はい」


「銃弾に向けて『死ねぇ!!!』って全力で願いを込めて撃て」


 簡単に説明してくれたのだろう。


 きっと彼なりに噛み砕いて、この場で銃が撃てる戦力となれるように教えてくれた。


 しかし、半分ほどしか意味合いが伝わらなかった。


「願い? ……呪いみたいですね」


「のろいとやらは知らないが、念みたいの込めてみろ」


「やってみます」


 ついつい敬語になるのは、義務教育の賜物か。教えてくれる相手に対し、考えるより先に敬語が飛び出すのだ。条件反射だろう。


 顔を覗かせた先、さきほどの敵(と呼んでいいのか)はまだいた。オレの頭上を越えて、後ろの塹壕にいる連中と銃撃戦を繰り広げているようだ。


 奴の意識が逸れている間に、銃を改めて構えた。


 人間相手に銃口を向ける。照準を合わせて引き金を引いた。


 さっきもそうだが、罪悪感はまったくない。


 死にたくなければ殺す、悩む必要はなかった。


 生き返ったばかりで、すぐエンドマーク付ける気はないのだから。


「っし!」


 命中を確認してガッツポーズが出る。銃の性能がいいのか、外れずに顔を吹き飛ばした。


 今度は真っ赤な血を噴きながら倒れこむ敵に、ただただ安堵の息が漏れる。


「やれば出来るじゃねえか……込める魔力は多すぎるが、まあ合格だ」


 茶髪の男がにやっと片頬を崩して笑う。


 悪役っぽい表情なのに、不思議と惹きつけられる。悪がきの親分って感じだろうか。


 黒っぽい瞳は親近感が持てた。


「ありがとうございます」


「あと5人くらいなんだ。頑張れ!」


「はい」


 サバゲーのときの癖で敬礼していた。


 壕の縁にはりつき、敵の様子を窺う。


 確かにもう数は多くないようで、後方の敵はじりじりと後退を始めている。


「あの……もしかして、相手は敗走してませんか?」


 まだ敬語が抜けないオレに、茶髪の男は眉を顰めた。


 考えるように顎に手をはわせ、右頬の傷を指の腹でさする。それからこちらを見つめ、もう一度敵の様子を確認した。


 隣で同じように敗走する敵を視認したオレは「やっぱり退却してます」と呟く。


「……お前が指揮官ならどうする?」


「敵側なら退却、その間は最前線の数人が犠牲になって持ち堪えるでしょうね。追撃側なら深追いはせず、こちらのケガ人を回収します」


 まるでテストみたいだ。


 擽ったい気分で答える表情が綻ぶ。


 うっすら笑みらしきものを浮かべている自覚はあるが、場に相応しくないと思わなかった。


 小銃を手の中でくるくる回して答えるオレの頭に、ぽんと男の手が乗せられる。


「よし、こっちも撤退する」


 インカムに似たイヤフォンマイクにそう告げる男の指示が伝わったのか、急激に銃の音が減った。


 一部は撃ち合っているが、もう命の危険はなさそうだ。



「おう、ご苦労さん」


 インカム越しにねぎらいの言葉をかける男が立ち上がる。

 

 耳を済ませても、耳鳴りがひどくて聞こえにくいが、銃声は消えていた。


「さて、お前はこっちだ」


 ひょいっと首筋を摘まれる。猫のように襟を掴まれたまま、オレは連行された。

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