第1章 DD死す、からの異世界
01.いきなりの死亡宣告
「話が違う!!」
思わず叫んだオレはがくりと膝をついた。頭を抱えて呻く姿に、周囲はドン引きだ。
「確かに! 確かに『魔法』は使える。でもオレが望んだのと全っ然! 違うじゃないか!!」
全力で世界を否定する異世界人に、誰も口を挟めなかった。
―――よくある転生話なのだろう。
その死に方が少しばかり情けなかったとしても…まあ仕方ない。
死に方を選べなかったのだから。
つまり、22年間生きた現世のオレは『死んだ』。
サバイバルゲーム、略してサバゲーを知っているだろうか? エアガンでBB弾やペイント弾を撃つ戦争ごっこだ。
山の中で数日かけて大規模なイベントが行われた。
普段は山のぼりなんて絶対しないオレも参加したのだが、そこで予想外の事件が起きる――異世界物では定番の展開らしい。
「下がれ!」
仲間の声に数歩下がる。目の前を通過したペイント弾にほっと一息ついた。
「助かった」
手を上げて感謝した直後、構えた小銃で敵を撃つ。真っ赤なペイントが敵の肩を染めた。
当たった瞬間は多少痛いが、よほどの至近距離でなければケガはしない。致命傷となる頭部、心臓以外は3発まで死亡とみなされないルールだった。
専用ゴーグルやヘルメットを装着しているため、頭を狙っても構わない。
こういった大会は安全を優先して頭部を狙えない場合も多いが、この大会は毎年過激になっていく傾向があった。
もう、戦場そのものと称しても過言ではないレベル――だからこそ、他のイベント優勝者など強者が集い、さらにイベントは盛況となり過激になるのだ。
「DD、そっちに2人行ったぞ」
無線から聞こえる声に「あいよ」と軽く答える。DDというのはサバゲーで使っている通称だった。
皆が通称で呼び合い、逆に本名など知ろうともしない。この場限りの付き合いだからこそ、遠慮なく互いを利用しながら戦争ごっこをしていられるのだ。
2人――周囲に警戒しながら匍匐前進する。
がさがさと草の揺れる音がして、左側へ銃口を向けた。
息を殺して待てば、周囲を見回しながら歩く男が1人。
「よし、1人目!」
彼の耳の位置に照準を合わせ、ゆっくり引き金を引いた。
パンッ!
発射音は義務付けられている。そのため撃ったらすぐに移動しないと、居場所が特定されてしまう。
赤いペイントでヘルメットを塗らした男は死亡とみなされ、もう攻撃される心配はなかった。
急いで身を起こした直後、ぞわっとした。肌が粟立つ感じだ。
振り返ったが誰もいない。だが何かがいる気がして……視線を上に向けた。
木の枝に足を引っ掛けてぶら下がる女が銃口を向けている。
っ、間に合わない!!
次の瞬間、咄嗟に後ろへ飛び退いた。
全力で回避する。勉強はイマイチだが、運動神経や勘が良かったこともあり、サバゲー界では結構名が知れている。
いつも通り生き残れる自信はあった。
それがいけなかったのか。
油断大敵とは正にこのことだろう。2人いると注意されていたのに見落とした。
鼻先すれすれを弾が通過する。見える筈がないのに、まるでスローモーションみたいにはっきりと動きが目で追えた。
ちょっと映画かアニメの一場面のようだ。ぎりぎり回避された弾に安堵の息をついた。
直後、身体が浮遊する。
「え?」
ふわりと浮いて、足が泳ぐ。そう、踏みしめるべき地面がなかった。
記憶はそこで途切れる。
「起きた?」
笑顔で覗き込む子供の姿に、反射的に飛び起きた。
サバゲーの大会に子供は参加できない。すくなくとも18歳以上で、未成年は親の承諾が必要だった。
その現場に現れた子供、しかも戦闘中だった自分を覗き込んでいる状況に混乱する。
「え? なんで、えっ?」
「落ち着いてよ」
にこにこ愛想のいい子供は10歳前後だろうか。
咄嗟に距離を置いたオレを手招きし、自分は芝の上にぺたんと座る。ぽんぽん隣を叩いているのは、ここに座れという意味か。
素直に近づいて座ろうとして気付いた。
「芝……?」
会場は山の中腹だった。木々が生い茂り鬱蒼とした、手入れがあまり行き届いていない山だ。
頂上にゴールは設定されているが、そこも大木があるだけの筈。
見回した視線の先はすべて芝の大地――遮る木1本もない、広い草原のような景色だった。
「うん、座りやすい環境にしてみた」
「まるで作ったみたいに言うんだな」
「創ったからね」
「へぇ……ん?」
つくった? 何を?
凝視するオレを子供は笑顔で待っている。
ぱくぱくと口は動くのだが、言葉が出てこなくて……情けなく再び口を噤んだ。
「混乱させて悪いね。一応、僕は君達の言う『カミサマ』って奴です」
「はあ……」
歯の間を空気が抜けるような、間抜けな返答が漏れる。そんな反応にも、自称・カミサマは気を悪くした様子はなかった。
芝の上にへたり込むように座ったオレに状況を説明していく。
「ほら、異世界物の小説って読んだことない? アレって現実にあるんだよね。手違いやミスで死んじゃう人もいるけれど、今回は向こう側の要請で君を選びました」
突込みどころ満載の話だが、頭の中はパンク寸前。
やはり口から零れるのは「はあ…」という溜め息に近い相槌だけだった。
座った芝をなんとなく撫でながら、『ちくちくしなくて柔らかい芝だな』なんて現実逃避するのが精々だ。
もう正気を保って話を聞けているのか、自分の精神状態さえ疑う状況だった。
これって――夢じゃね?
起きたら、頭に大きなタンコブがあって。
仲間に「おまえ、あんなとこで落ちるなよ。負けたじゃねえか」とか文句言われたりする。そんな夢…。
「あ、夢じゃないから」
すっぱり否定された。というか、オレの頭の中の思考を勝手に読み取らないで欲しい。
いや、カミサマだとは聞いてるけどね。プライバシーの侵害ってヤツだと思うわけ。
「プライバシーとか、創造主に関係ないので」
またもや読まれた。
もういいや、言葉にしなくても会話できてるじゃん。大きく深呼吸して芝の上に寝転んだ。
突っ伏してもちくちくしない芝は、どこか非現実的だった。
「説明を続けるよ。500年程前にこちらの世界が荒れた時代に、対になってる世界から数人借りたことがある。その貸しを返せと言われました」
「誰に?」
「向こうのカミサマに」
そんなにカミサマっているんだ……へえ。人間って貸し借りする存在なのかぁ。
もう驚きも平坦になるほど、オレの許容量はいっぱい一杯。溢れてほとんど零れ落ちていた。
あちこちの世界のカミサマ同士で勝手に人を殺して交換しないで欲しい。
その後のカミサマの話を纏めると――
貸した借りを返すために、向こうのカミサマが望む条件を持った人間を選んでさくっと殺し、この場に呼び寄せたらしい。
つまりオレは、あのサバゲー会場で死んでいる。
世界大会で上位入賞してる実力があるくせに、弾避けて転げ落ちた先で頭を打ってザクロという、かなり情けない死に様を晒した……と。
「生き返るって選択肢は?」
「残念ながら、頭割れちゃってるから。戻ったらゾンビだよ?」
ああ、それは無理。
もう少し穏便な、そう寝てる間に息を引き取って起きなかった、みたいな自然死にしてくれたら良かったのに……。
恥ずかしさに芝の上を全力で転がる。
だって『いい年してサバゲーに夢中で、崖から転げ落ちて頭割れた』とか。
親が全力で否定して泣く案件だろう。間違いなく親族に死因を隠すレベルの恥さらしっぷり。
サバゲー仲間のトラウマになったらどうしてくれる?
「一応、君にチート能力も授けられますよ」
「チート能力……」
異世界転生とか、そういう小説はあまり読まないから詳しくないが……あれだろ? 最強の魔法使いだったり、騎士として優秀な能力を最初から持ってたり、あとめちゃくちゃ美形に生まれ変わったりする。
「近いですね。何か望みは?」
「えっと、魔法使いたい! あと王とか騎士、魔物なんかが存在する世界だったら最高」
小説は読まないが、映画はたくさん観てきた。
現代物やお涙頂戴は観なかったが、ホラーやスプラッタ、アクション、そして意外にハマったのがファンタジー!
魔法使い同士の戦いとか、竜を退治する話、不思議な異世界を冒険する指輪絡みのストーリーも好きだった。
魔法関係の話って、不思議と中世ヨーロッパみたいなイメージがある。レンガ造りの町並みや、騎士とか貴族がいて、洋服もフランス革命前ぐらいのふわふわした感じか。
思い浮かべて、ふと気付く。
あ、魔法使いの映画の最終編を観てない。あと1話で完結だったのに……。
「希望の映画を観せるのは無理ですが、魔法を使える設定は可能です。転生先の世界は王ではなく『皇帝』や『騎士』『魔術師』はいますね。あと世界観もだいたい合ってます。こちらでいう中世ヨーロッパに近い環境で、『魔物』や『獣人』なども存在しますから、ほぼ希望通りでは?」
異世界も悪くないでしょう?
子供がにこにこと誘惑を向けてくる。
黒髪の、どこにでもいそうな外見の少年は確かにカミサマなのだろう。
勝手に人の思考を読んだりするが、希望を叶えられる力はあるらしい。
寝転がっていた芝の上に座りなおし、目の前の子供に頭を下げた。
「あと美形でお願いします」
「……ああー、それは向こうの基準で美形にしておくから」
………向こうの基準?
こっちの美形と何か違うの? っていうか、一瞬躊躇わなかった?
じっと見つめる先で、少年は困ったように頬をかいた。その仕草がひどく人間くさくて、カミサマっぽさが急激に薄れていく。
「これって詐欺じゃ……」
「あ、お迎え来たから! それじゃあ元気でね!!」
体よく話を切り上げたカミサマはさっさと姿を消す。
伸ばした手は宙を掴み、芝の平原にぽつり取り残された。自分だけしかいない世界は、突然温度が下がった気がする。
ぶるりと身を震わせて肩を抱いた。
一瞬目を伏せて顔を上げたら
――そこは『戦場』でした。
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