03.約束は守られた

 日暮れが近いのか、肌寒さを感じた。


 連れてこられたのは塹壕の後方、複数のテントが立ち並ぶ一角。背の高い奴らに囲まれて、あまり周囲の状況がわからない。


 オレが165cm前後だから、彼らは180cm前後ある計算だった。頭ひとつ以上背が高い連中に囲まれると、圧迫感がすごい。


 学校のテントみたいな形だが、迷彩色のテントのひとつへ放り込まれた。


 戦場仕様のカラーだろうか。壁にあたる部分にも同色のシートが張られていて、完全な個室状態だった。


 風が遮られ、少し寒さが和らぐ。


 奥の半分は敷物があり、手前は土がむき出しだ。放り出されて転びかけたため、咄嗟に手をついて前転して起き上がる。


 考えての行動じゃないが、オレ、こんなに運動神経よかったっけ?


「何するんですか!? ……すみません」


 文句を言う口に、銃口が向けられる。


 人に銃口を向けちゃいけませんって習わなかった……だろうな。ここ、戦場だし。敵を殺して褒められこそすれ、叱られることはなさそうだ。


 そもそも戦争ごっこが趣味で、他人に銃を向けてペイント弾を撃ちまくったオレに言われたくないわな。


 反射的な謝罪と両手を上げて、大人しく口を噤んだ。


 どうやら怪しまれているらしい。


 まあ、オレだってパーティー組んだ仲間と戦ってる真ん中に、知らない奴が突然降ってきたら警戒するわ。下手すりゃ敵だと認識して、いきなりペイント弾を当ててるかも知れん。


「大人しく答えろ」


「……はい」


 高圧的な態度を取られると、つい敬語で対応してしまうのは学校教育の賜物だろう。教師の威圧的な言動を思い出して反抗する気は失せた。


 これって学生としての反射行動じゃなくて、日本人特有のような気がする。基本的に空気を読むことに長けた民族だからな……協調性が豊か過ぎて個性がないとも言われるけど。



「名前は?」


「聖仁、です」


「きよひと、聞き慣れない名前だな。出身は?」


「日本はわかりますか」


「にほん……?」


 いきなり囲まれた。周りで様子見してた連中が、いっせいに銃を構える。


 ガチャって、いま安全装置外した奴がいるだろ! 


 このやりとりのどこがカンに触ったのか知らないが、尋ねておいてキレられても困る。



「えっと……」


 両手を上げているのも疲れるのだが、おろせる状況じゃなさそうだった。


 『カミサマから何か聞いてないのかよ』と文句を言える度胸が欲しい。


 何も知らぬ異世界にいきなり落とされるだけでもハードなのに、そこが戦場で銃向けられて、いきなり人撃つ破目になった挙句……これ!? ムリゲーすぎねえか? 


 もう詰んでるぞ。



 脳裏で苦情を並べても、相手には伝わらない。


「あのぉ……、発言してもいいですか?」


 いきなり撃たれたら嫌なので、一応お伺いを立ててみた。正面の茶髪の男性が頷き、ほっと肩の力を抜く。ついでにもうひとつ。


「腕を下ろしても?」


「ダメだ」


 戦場での人懐っこさはどこに行った? 面倒見よく『魔力の使い方』らしきもの教えてくれたくせに、今は冷たい。


 仕方ないので手を上げたまま、説明を始めた。


「異世界から来ました。カミサマにそう説明されていますけど」



「「「「異世界人!?」」」」



 この場にいた4人が一度に叫んだ。


 予想外の音量に耳を塞いで待てば、驚きに目を見開いた茶髪の男がまず銃口を下ろす。すぐに残り3人もそれに従った。


 この場でのリーダーは正面の茶髪男で間違いないだろう。


 恐る恐る、耳を塞いだ手を下ろす。ちょっと疲れた腕がじわじわする。正座した足がしびれる感覚に似ていた。再び銃を向けられることはなくて、ほっとする。


「……驚いたな、お前で2人目だ」


「2人目、ですか?」


 他にも異世界人がいるのか。それより、警戒してた相手に『異世界人です』って申告されて信じちゃうの? こちらの疑問を読み取ったらしく、苦笑いしながら説明された。


「この世界は他の世界から来る奴が時々いる」



 ジト目になるのは許して欲しい。


 この世界のカミサマとやらは会っていないが、そうか、そんなにあちこちから攫ってきてるのか。


 前に貸した分を返せと言われたらしいから、他の世界にも同じように返して貰った可能性もある。いったい何人貸し借りしてるんだか。


 しかも、連れてきたなら説明位してくれないと。


 よく小説で勇者召還の儀式なんかして、その場で王族とかの庇護が受けられるじゃんか。


 さらにいろいろ恩恵を与えられるし、いきなり殺されそうになったりはしないよな? 返した恩の割にオレの扱い酷くね? 


 戦場の真ん中に落として、挙句に銃口突きつけられて尋問……。


 唸っていると、いきなり手を伸ばされた。考えるより早く身体が一歩後ろへ下がる。同時に、伸ばされた男の手首を掴んでいた。


「いい反射神経だ、向こうでも戦ってたのか?」


 答えに詰まる。戦ってはいた、戦争ごっこで申し訳ないが……。



 腕を掴まれた茶髪男は、日本人に似た黒い瞳をゆっくり瞬きした。


 猫か? オレは…。


 見覚えのある仕草に脱力してしまう。実家で猫を飼っていたから知っているが、猫への挨拶はゆっくり何度も目を瞬くことだ。


『敵じゃないよ』と示す行動なのだとか。そのため、猫は初めて会った時でもその仕草をされると『こちらから攻撃しない』という意思表示になり、警戒されにくくなる……らしい。



 で―――オレはなぜ猫扱いされてる?



 首を傾げてしまうが、何か別の意思表示かもしれないと思い立ち、同じようにゆっくり瞬きを返してみた。なんとなく落ち着く。


「うん、間違いなく猫系だな」


「猫系……」


 繰り返しても意味がわからず首を傾げる。そんなオレを取り囲む連中から口々に感想がもれた。


「また猫か」


「いや、俺は歓迎だ! 猫最高!!」


「別嬪な猫だけど、個人的には犬派だわ」


「猫のがいいじゃねえか」


 好き勝手な言葉を総合すると、どうやらオレは猫に分類されており、猫歓迎派と犬擁護派がいる―――纏めたら余計わからなくなった。


 頭を抱えて大きな溜め息を吐いた。



「おい、異世界人なんだから説明してやらないと。ノア」


 リーダーに声をかけられ、ノアと呼ばれた黒髪の青年が頷く。手にしていた銃をぽんと後ろに放り出すが、着地する前に消えてしまった。


 消えた……?


 目の前の光景が信じられず目元をごしごし擦るが、やはり銃は落ちていない。刺激しないように気をつけながら背中側を覗いても、銃はなかった。


 小銃にベルトは付いていなかった気がするから、放り出せば地面に落ちるのが普通なのだが…?


 大量の疑問が頭を埋め尽くす。こんなに頭を使う考え事するの、高校の受験以来かも知れない。


「あった、これだ」


 ノアが取り出したのは、一冊の本だった。それはいい。何か説明しようとしてくれてるも、わかる。


 だけど…その本どこから出した? 空中からいきなり本が出てきた気がするんだが……この世界では普通なのか? 荷物は手に持たないのか?


 そういや、テントの中もがらんとして物がほとんど置いていない。


 きょろきょろ見回して挙動不審になっているオレに、ノアは本を差し出した。



 不思議と読める文字が並んでいる。違和感なく、日本語の本だった。


「読めるよな」


 当たり前のように言い切られて頷くが、そこでまた気付いた。


「あれ? そういや、言葉通じてる……」


 ずっと日本育ち、英語は高校までの教室内だけ。その他の国の言葉も含めて、話せる筈がないのだ。外国人に話しかけられたら、にこにこ笑いながら両手を振って逃げる自信がある!


 もしかして、この異世界の言葉は『日本語』なのだろうか。


 落とされた先が戦場だったこともあり、今まで気付かずに会話していたのが不思議だった。


 それだけ緊張してテンパってたんだな、オレ。


「異世界人は普通、この世界の言語をすべて理解しているぞ」


 リーダーの男に言われ、天井を仰いで考える。この世界の言語をすべて……?



「そんなに種類があるんですか?」


「ああ、オレたちが使ってるのは東側の国でよく使われるサーガ語だ。さっき銃でやっつけた敵が使うのはラスア語で……他に6つくらいあるか」


「まあ、お前には関係ねえな。異世界人はすべて勝手に相手の言語に合わせてしゃべってるから」


 リーダーとノアに言われ、素直に頷く。


 以前は日本語ですら敬語とか上手に使えずに不自由していたオレが、まさかのバイリンガル!! じゃなかった、マルチリンガル!!!


 カミサマのチート能力に、再び感謝……あ、思い出した。



 ―――顔の確認!!!



「すみません、鏡貸してくれますか?」


「鏡? ほら」


 一番人懐こいのか、ノアがまた空中から鏡を取り出す。


 今度はじっくり見てみたが、やはりタネも仕掛けもないようだ。空中に手を突っ込むのではなく、手に突然物が現れるタイプだった。


 魔法使い映画のときは、別空間に保管した物を取り出す際は手の先が消えていた。だが今回はまったく違う原理のようで、物が指の間から現れるような感じ、といったら近いか。


 丸い手鏡は、指の間に引かれた線のような場所から引っ張りだされたように見える。


 なんとなく…羨ましい。あの力、使ってみたいな。


 あとで使い方とかコツを聞いてみようと決め、差し出された鏡を受け取った。


「ありがとう、ございます」


「敬語とか要らないから」



「はあ……」


 さっきまでの態度と違いすぎて付いていけない。さっきまで銃口突きつけて脅してたよな。それが敬語要らないとか言われても、困惑するだけだった。


 丸い手鏡は木製で龍の彫刻が施されており、ふわふわといい匂いがする。心地よい匂いを大きく吸い込んで裏返した。


 ……え!?


「……何、コレ…」


 呟いた声は小さすぎて、他の4人には聞こえなかったらしい。いや、1人だけ反応している。手鏡の持ち主であるノアだった。一番距離が近いのが原因だろうか。


「どうした?」


 怪訝そうに問うノアの声が、右から左へと抜けていく。


 鏡に映っていたのは――どうみても子供だった。声に違和感はないから、今までの声なのだろう。だけど外見は12歳前後に見える。囲まれて彼らの背が高く感じたが、もしかしたらオレが縮んでいた可能性もあるわけだ。


 顔立ちは整っていた。


 カミサマは嘘をつかないらしい。女性的ではないが、ちょっと性別不詳の中性っぽかった。まあ、これは12歳前後の姿からすれば仕方ないだろう。


 少し成長すれば大人のかっこいい男になれるはず! ぐっと右手のこぶしを握る。



「……色が変」


 日本人の中でも真っ黒と言われ続けた母親譲りの髪が、白っぽい金髪になっていた。銀と呼ぶには少し黄ばんで……いや表現が悪いな。黄色がかっていた。金髪を薄くしたような色合いだ。


 濃茶の瞳が、紫色になっている。明るい色ではなく、暗くて紺が入ったような色だった。


 テント内だから昼間の屋外で見ると色が多少違う可能性はあるが、間違いなく外見が以前と違う。


 美形にしてくれとは頼んだが、色まで変わると思わなかった。


 短い髪は視界に入らず、今まで気付かなかったのだ。目の色や顔立ちも当然自分では見えない。水で顔を洗おうとしたら、気付けたかもしれないが……。


「異世界人は必ず言うらしいぞ。ほらこの本に書いてあるから、しっかり読め」


 ノアが指差した本は、さきほど手渡されたものだ。礼を言って鏡を先に返し、表紙の文字を目で辿った。



 『異世界人の心得』



 この世界のカミサマが説明を省いたのは、落とした先にこの本を持つ人物がいるからか? 


 そもそも異世界人の心得を書いた本が存在するほど、この世界に落とされる異世界人が多いのも意外だ。


「とりあえず、自己紹介からはじめよう」


 リーダーの言葉に、曖昧な笑みを浮かべて頷いた。

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