04.理解できない世界
「俺がここのリーダーで、犬系のジャックだ」
……犬系って、何?
疑問が頭の中を全力疾走しているが、それより早く、隣のノアが笑顔で続いた。
「ノアだ。ジャックの補佐をしている。ちなみに俺は猫だから」
握手を求められて握り返す。猫だからって言われても、何のことやら……。
混乱しまくるオレをよそに、残る2人もにこにこと話しかけてくる。
「ライアンって呼んでくれ、犬だ」
「ここでは珍しく鳥なんだが、サシャという」
茶髪の黒瞳アメリカンタイプがジャックで、黒髪に青い目のアジア系がノア。
今まで口出ししなかった2人のうち背が高いライアンは緑の目と金髪で白人系、顔の彫が深いアラブっぽい黒髪黒瞳の浅黒い肌のサシャ……と。
もう頭の中が混乱している。
えっと、左からサシャ、ジャック、ノア、ライアンで合ってるよな。
……ん? 鳥もいるんだ? というか、動物分類の意味がわからない。
外見上は普通の人に見えるし、別に羽が生えてたり、耳や尻尾が覗いたりはしない。だから、獣人じゃなさそうだった。
魔法使い映画に出てきた獣人は尻尾や耳があったり、毛深かったりと外見に特徴がある。彼らは明らかに違った。
「あの~、質問があるんですけど?」
そっと右手をあげて質問の姿勢を示す。彼らが首を傾げ顔を見合わせた。だが反対ではないらしく、すぐにジャックが口を開く。
「敬語は要らないし、質問は自由にしろ」
「ありがとう。遠慮なく聞くけど、猫や犬、鳥って何?」
さきほど自分も猫分類されたが、性格占いじゃあるまい。
本人が名乗らなければわからない分類でもなさそうだ。というか、自己紹介に付けるくらいだから『名乗る必要性』がある筈。
「……その本に載ってる。真ん中あたりだったか」
ノアの口調は少し固い。リーダーのジャックより、ノアは5歳ほど年上に見えた。
ジャックが30歳くらいだから、35歳前後か。濃い青の瞳が少し細められる。
彼に言われるまま、手元の本を開いてみた。
真ん中から開いたが、意外に大きめの文字が並んでいる。小学生用の児童文学くらいの大きさの文字をさっと読むが、ちょっと内容が違った。食べ物についての記述だ。
「貸してみろ」
ノアが横に並んで手を差し伸べるから、言われるまま本を差し出す。ぱらぱらと後ろへ数枚めくると、該当の文章を見つけたらしく返された。
「ここだ」
丁寧に指差してくれる。彼が読めるということは『サーガ語』で書かれているのだろう。
カミサマが作った本なら異世界人だけが読めればいい筈だ。だが現世界の人間が読めるのだから、誰かこの世界の人が親切にも書き記してくれたのか。
異世界人が書いたって可能性もある。
まだ現状を受け入れきれないから、気付くとオレは関係ないことを考えている。今最優先すべきは、動物分類の意味を覚えることだ。
いや、覚える必要性もわからないけど……。
覗きこんだノアの指先に『属性について』とタイトルがついていた。
「あ……属性、なんだ」
つい声が漏れる。そのまま続きを読み進めた。
『属性について――この世界の住人は犬、猫、兎、馬、魚、虫、鳥、熊、牙、竜に分類される。異世界人も同様に属性がある。犬が一番多く、竜に向かうにつれて数が減る。それぞれが特徴通りの習性を持ち、相性があるため属性が違うと生殖が不可能な場合もあるので注意が必要だ。性格は竜の側から荒いことが多い。以上、あとは現場で覚えること』
「……現場で覚える、こと?」
最後は説明を投げてないか? この本書いた奴を親切だと思ったが、もしかしたら押し付けられて『やっつけ仕事』で片付けたんじゃ…。
嫌な想像が浮かんだが、合ってるかも知れない。
無意識に肩のあたりを左手で撫でながら首を傾げた。
次のページを見ると、また違う項目が書かれている。どうやら属性の話はここでお仕舞いらしい。本のページを左手でめくってから元に戻した。
「わかったか?」
「全然」
ノアの問いかけに素直に首を横に振った。
まったくわからない。余計に謎は深まった気がするくらいだ。
もう一度文章を読み返してみて、今度は別の場所が気になった。
――牙って何。他の動物はだいたい想像が付く。オレの世界にはいなかったが、竜はあれだろ……西洋のドラゴンってやつ。だとしたら、牙は何を示しているのだろうか。
「ノア、『きば』って何」
「きば? ああ、これは『が』と読むんだ」
「が……?」
余計に意味がわからない。眉を顰めて文字をにらみつけても、何も浮かんでこないし当然ながら理解できなかった。
すっと本の上に影が差す。顔を上げると、ジャックが前から本を覗き込んでおり、その両側からサシャとライアンも額をつき合わせていた。
「ああ、牙は危険な奴が多い」
「奴らは気が荒いからな」
「まだ竜の方が話が通じる」
気は荒いが話を聞いてくれる竜と、話を聞かない牙。
ここまでは彼らの会話からの纏めだ。しかし理解にほど遠かった。心境のままに大きく首を傾けると、ジャックが笑いながらぽんと頭の上に手を置く。
がしゃがしゃと荒く髪をかき回した。
「ちょっと待ってろ、牙の知り合いを呼んでやる」
「……はぁ」
生返事したが、気が荒い奴を連れてきて平気なのか。判断できずにいる間に、ジャックはテントを出て行った。残った3人が次々とページをめくり、口々に説明してくれる。
「ここに載ってる通り、基本的に魔力を持たない動物、人族は存在しないんだ。多少なり魔力はみんな持ってる」
「植物は半々だな、魔力のある植物は危険だぞ。捕食系だ」
捕食系の植物が想像できない。獲物を捕らえる触手でもついているのか、いや……食虫植物みたいな待ち受けタイプの可能性もある。
とにかく彼らの説明は、肝心なところが足りない気がした。
「えっと、いい?」
途中で声を上げて、彼らの会話を遮る。注目されてしまい、なんとなく恥ずかしくなった。
学校で皆につられて答えがわからないけど手を上げて、先生に当てられた気分が近いかな。頬が赤くなるのがわかった。
「……属性の見分け方は? 何か役に立つのか?」
結局、最初の疑問に戻ってしまった。ここがわからないと先に進まない。
ライアンが緑の目を細めて笑った。嫌な感じじゃない。馬鹿にしてというより、子供を相手にするような噛み砕いた説明を請け負ってくれた。
まあ、今のオレの外見は12歳くらいなんだけど。子供の姿で転移したのは、世界での知識量にあわせて年齢を調整された可能性もあった。
死んだときの年齢で転移したら、何も知らない世間知らず扱いされただろう。
ある意味、カミサマの温情だ。
「お前の世界に属性はなかったんだな。それじゃわかりづらいだろ。人族の外見……つまり肌の色や髪、目の色じゃ属性は判断できない。属性ってのは種族と同じだ」
外見上で区別が付かないのに、子供が作れない組み合わせがある。
輸血できない血液型みたいなもの、か? 白人や黒人、黄色人種の血液型は見てもわからないが、O型の血はオールマイティなのに、AB型は同型しか輸血できないと聞いた。あれに近いのかもしれない。
自分が知っているものに絡めて理解しようと努めた。
「同じ属性同士で生活する村もある。まあ、現在この世界は5つの国があるんだが、全部が全部戦争している」
「は?」
間抜けな聞き返しに、隣にいるノアが追加した。
「自分の国以外はすべて敵だ」
「あ、わかった」
すんなり入った。ノアの口調はかたく感じるが、その内容は的確だ。
「この国は中央だから、四方から攻め込まれる」
溜め息をついたライアンの言葉に、ただ頷く。
つまり、一番危険な国に落とされたわけだ。だから気付いたら最前線だったのか。
普通は安全な国に落とすもんだろう。いきなり死んだらどうしてくれる! カミサマの采配に脳裏で悪態をついた。
「属性絡みのけんk……じゃなかった、戦争なのか?」
人殺ししている現状、ケンカなんて軽い表現は似合わない。頭を撃ちぬく戦場なのだ。
そこでふと気付いて、自分の左手を持ち上げる。続いて本を持つ右手を見つめた。
あれ? オレ、右利きだったよな。左手でページを捲る仕草は自然だった。
まったく違和感がなくて……そこまで考えて、びくりと身体が揺れる。
全身の毛が逆立つような嫌悪感を覚えた。
ぞくぞくする。
背筋を何かが撫でたような、理性で抑えようとしても耐えられない嫌な気分だ。
「お? いい勘してるな」
「ああ、リラの奴を連れてきたのか」
彼らより早い反応を褒めるライアンが前に立ち、入り口から庇う姿勢を見せた。
仲間の一人を呼びに行った筈なのに、どうしてオレは背に庇われている? 突然襲ってくる奴だとしたら、そんなの仲間じゃないだろ。
叫びたいほどの嫌悪が全身を包んでいた。
咄嗟にベルトに伸ばした手に触れた銃を引っ張り出す。だが、隣のノアが銃ごと手を握った。
「抜くな」
「でも……」
濃青が眇められ、どこか物騒な色を宿す。さきほどまで親切に説明してくれたぶっきらぼうなお兄さんが、突然豹変した。
戦場にいるような緊張感をまとっている。
「お前じゃ敵わない」
殺されるから抜くな、そう言われた気がした。
大きく深呼吸して銃を握った指から力を抜く。引き剥がすように手を持ち上げ、両手で肩を抱いた。
寒い、
怖い、
気持ち悪い。
外見どおり、子供みたいに泣き叫んでしまいたい。
「気配に敏感なのか、魔力を感じやすいのか……」
「優秀なのはいいことだ」
くすくす笑うサシャの手が頭の上に置かれた。ジャックと違い、ぐしゃぐしゃ髪をかき回すようなことはしない。丁寧に撫でてくれる褐色の手に、詰まった息を吐き出した。
テントの入り口が捲られる。茶髪の大柄な男が入ってきた。ジャックだ。
彼の後ろにほっそりした女性が続く。
「なんだ?」
オレを囲む3人の態度から何か感じたのか。ジャックがきょとんとした顔で尋ねるが、苦笑いしたライアンが首を横に振る。
嫌悪感の対象である女性がいる場所で、その話をする気がないという意味だろう。
ライアンの背中からそっと覗き見るオレの態度から察したらしく、ジャックはそれ以上追及しなかった。代わりに後ろの女性を横に並ばせて紹介する。
「彼女が『牙』の」
「アラクネよ」
蜘蛛の魔女の名前だ。名乗った彼女に対する最初の感想は、それだった。
失礼だと思う。初対面の女性に対する反応ではないが、ライアンの大きな背中からちらりと顔を見せたまま、彼女の様子を観察した。
どこか艶かしい雰囲気で、鮮やかな水色の髪と限りなく黒に近い紺の瞳だ。光が当たるとかろうじて紺だとわかる程度の暗い色の瞳だった。
余計に魔女のイメージが強くなる。
長い髪はふわふわと柔らかくカールして腰まで覆っていた。迷彩色の戦闘服なのに、こんな派手な外見では目立ってしょうがないだろう。
「はじめまして……」
名乗った先がオレなのだから、当然オレが何か返さないといけないだろう。困った末に口をついた言葉は、人見知りの子供みたいな挨拶だった。
情けないが、これでも精一杯だ。
「あら、優秀な子じゃない」
人見知りで怯えるガキ――そんな判断を下すと考えたが、彼女はまったく違う反応をした。優秀だと褒める口元が笑みに歪む。
獲物を前に舌舐めずりする蛇が一番近い……女性に対して、本当に失礼だが。
「へえ、この子『読める』のね」
読める? 疑問が顔に出たのか、彼女が数歩前に出た。
途端に全身が震えて足から力が抜ける。情けなくもライアンの後ろでへたり込んだオレへ、彼女が手を伸ばした。
「おい。やめとけ」
ジャックの制止は少し遅かった。
抜いた銃はぴたりと彼女の額に照準を合わせている。本能的な恐怖が抜かせた銃は、先ほどまでの恐怖と嫌悪感が嘘のようにぴたりと静止した。
ぶれない銃口の先、彼女が目を見開く。
「あなた……猫、じゃない?」
呟いた掠れた声に、ぎりぎりまでトリガーを絞る。僅かな振動で撃ち抜ける切迫した状況に、ノアやライアンが息を呑んだ。遮ろうとしたサシャも動きを止めて驚いている。
少し視線を上げれば、彼女越しにジャックと目があった。
「おまえ―――もしかして」
その先は聞こえなかった。
限界だったのか。突然意識が霞む。
崩れるように倒れこんだ身体を、咄嗟に誰かが支えてくれた……らしい。そこで完全にブラックアウトした。
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