20.振り翳す、正義という名の我が侭(2)

 ジャック達にとってオレは知り合いで仲間だが、ユハ達は敵国の知らない人間に過ぎなかった。サシャは腹部の傷に手を押し当てている。一番派手な傷だし、絆創膏が効かなかったから助かる。


「ここは敵地だぞ」


 ジャックの中で見捨てる選択が優位に立っていた。任務に関係ない、それも敵国の人間だ。助けるために同僚を危険に晒すのは気が引けた。キヨは助けられたというが、ユハという男の行動が罠じゃないと言えるか?


 傭兵としての経験が長いだけに、真っ先に疑いがジャックを支配した。


「……ジャック、見捨てる気でしょ」


 唇を尖らせて抗議の声を上げる。眠気は一気に吹き飛んだ。熱の所為だろうか、身体がひどく熱くて感情が吹き出す。


「だったらいいよ。オレも見捨てればいい」


 言い切って毛布の上に身を起こした。距離を置くように後ろへ移動し、立ち上がろうとする。しかしまだ使えない右足の激痛に、舌打ちして近くの木に手を伸ばした。


 なぜこんなにムキになるんだろう。昨日会ったばかりで、最初は敵だった奴のために危険を冒す必要なんてない。なのに、酷く悲しい気分になった。


 木の幹にかけた手に力を込めて、無理やり立ち上がる。


「動くなって」


 ライアンが慌てて身体を支えてくれた。苦笑いしたサシャは治癒の手を離す。気付けば腹部の痛みはほとんど感じなかった。痛いのは打ち付けた全身の打ち身や脱臼の打撲、右足首ぐらいだ。かなり楽になった。


「ありがと、サシャ。すごく楽になった」


 そう告げて、支えてくれるライアンを振り返る。肩をすくめる彼の表情は明るく、口元の笑みから感じるのは「しょうがないな」と弟の我が侭を見守る兄の余裕だった。もしかしたら助けてくれるかもしれない。


「……キヨ、陛下が心配しているの。早く戻ってあげて」


「わかる、けど…恩人を見捨てるなら帰れない」


 クリスの柔らかい声に、少し気持ちが落ち着いた。


 この世界に来てから、常に誰かに助けられてきた。だから助けたいのだ。一方通行に与えられるだけじゃなくて、与えたいと思う。かつてのオレなら考えもしなかった事だ。


 人のために何かをするなんて、偽善だと言い切る奴だったのに……。


「……はあ、キヨは頑固だからな。わかった、おれ達が探すからお前は先に戻れ」


「やだ」


 溜め息をついたジャックの呆れ顔に、首を横に振る。彼が妥協案を出してくれたのは嬉しいが、現実問題として無理があるのだ。


 まず、ジャック達はユハの顔を知らない。見つけた瞬間に敵とみなして殺してしまったらどうするのか。それはユハの側も同じで、ジャック達と鉢合わせするなり銃を撃つかも知れない。

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