292.味噌汁のいい香りがする(2)
「味噌汁?」
急いで向かった厨房は、じいやの独壇場だった。リアムは味噌汁をかき回す役を担当し、ベルナルドは食器を丁寧に拭く。すでに調理が終わった道具を片付ける料理人の脇で、じいやがカトラリーを磨いていた。
「ただいま、リアム」
「おかえり。セイのために味噌汁を教えてもらった」
沸騰させないように気を使いながら、護衛のコウコが弱火を維持している。リアムもコウコも褒めた。覗くと出汁のいい香りがして、じいやの仕業だと気づく。鰹節やら味噌を渡していかなかったからね。じいやの収納部屋から出てきたんだろう。
「じいや、ありがとう」
「いえいえ。キヨ様のお役に立てて安心しました。陛下もお上手でした」
さり気なく褒められて、リアムが嬉しそうだ。今まで何もさせてもらえなかったから、余計に嬉しいみたい。火傷や包丁で手を切る心配がなければ、今後もリアムに料理を覚えてもらうのは歓迎だ。手料理食べたいし……ここはオレの夢だ。可愛い恋人に作ってもらう朝の味噌汁、愛しい奥様の煮物を楽しみに帰宅するオレ。もちろんオレも作るけど、やっぱ憧れはある。
時々でいいんだ。お菓子とか作ってもらっても嬉しいけど、やっぱり味噌汁かな。ニヤニヤしながら、戦果を報告した。ベルナルドは驚いて食器を落とし、割れた皿を片付ける。じいやの目が冷たいけど、たぶん気のせい。頑張れ、ベルナルド。元侯爵でもじいやは容赦しないぞ。
献立を聞いたところ、味噌汁、白米のおにぎり、焼き魚だった。漬け物はまだ浅いらしく、明日の朝には食べられるとか。突っ込んでいいのか迷ったが、オレはじいやに向き直った。
「なんでカトラリーを磨いたんだ?」
「執事らしいかと思いまして」
なるほど。カトラリーは純銀に近い財産で、毒の確認以外に持ち出しやすい資産として執事の管轄だ。中世風ファンタジー映画で観たから知ってる。
「じいや、ここは他人の屋敷だから……オレの執事が磨く必要はないと思んだけど」
「あまりに曇っておりましたので。いくら戦時中といえど、どのような状況でも使えるよう磨いておくのが、執事の役目でございます」
どのような状況でも? オレの脳裏には別の翻訳が流れた。あれか、最後の晩餐!? いざ自決の時の最後の食事で、曇った銀食器なんざ使えねえよ――という、覚悟だ。
「うん、任せる」
にっこり笑って丸投げした。そんな状況になる予定はないし、危険だと思ったら転移で逃げるけど。備えあれば憂いなし……ここで使っていいかはオレに聞くな。
「セイは難しい話ばかりしている」
むっと唇を尖らせる可愛い未来のお嫁さんに、にっこり笑って頬にキスをひとつ。反対側にも追加だ。機嫌が良くなったリアムのお玉をノアに託し、オレは彼女の手を引いて庭へ出た。
多くの獣人達が休んでいる。彼らは屋内より屋外を好む。それは奴隷生活のせいではなく、本能のようだった。寝るときは屋内でもいいが、出来るだけ解放された場所にいたいらしい。
そういった説明を交えて、東の国を一度併合してから獣人の国として独立させたいと話した。黙って聞いたあと、リアムは言葉を選びながらいくつか指摘する。
「獣人の国は構わないが、他国との軋轢が生じる。半数は人間を入れられないだろうか。それと他国へ逃げた元住民の権利を保障する必要があるし、他国への根回しも必要だ」
中央の国と北の国は問題ない。直接国境を接する南の国は調整が必要だった。西の国は離れ過ぎているし、属国なので異議は挟まない。
「南か、王族を排除しちゃったんだよな」
「いっそ、傭兵や孤児達に新しい国を作ってもらったら? 戻る場所が出来れば、彼らも定住するだろうし」
思わぬ発言にリアムをじっと見つめる。それからオレはにっこり笑って頷いた。
「いいな、それ」
異世界の常識に感化されたか。この世界で最高位の皇帝陛下が、最下層の傭兵や孤児の心配をする。何故だか、誇らしくて胸が熱くなった。
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