171.やっぱ君かぁ!(2)

「馬だ」


「馬だな」


「うん」


 棒読みの発言の理由は、この部屋にいたのが馬だからだ。そこに間違いはないが、オレが想像した馬じゃなかった。聖獣が逃げるんだし、最後の1匹だと思うのが普通だよ。なのに普通の栗毛の馬がいた。地下室にわざわざ馬をしまう理由って何?


 さっき解放した南の兵士をとっ捕まえて尋ねてみたい。馬小屋があるのに、地下に馬を収納する理由が思いつかず、全員が呟いた後……くるりと背を向けた。別に普通の馬ならオレが相手しなくてもいい。


「ジャック、外に出しといて」


「わかったが、この奥にまだドアがあるぞ」


「ん?」


 じゃあ、一番奥に聖獣がいるのか。そう考えて、ジャックの隣をすり抜ける。地下なのでどうしても狭くて、傭兵のごつい筋肉鎧の胸筋がオレの顔の高さなのだ。仕方なく少しかがんで通り抜けた。


「小さいと便利だな」


「うっさいわ!! 飯抜くぞ」


 余計な発言をした声は爆弾魔ヴィリだ。飯抜き発言が怖かったのか、笑いかけた傭兵の声が急に萎んだ。ここで笑ったら同罪だと気づいたのは賢い。


「酷いぞ、ボス」


「オレのガラスのハートが砕け散るところだったぞ」


 繊細なんだと文句を言いながら、何も考えずにドアを開いた。顔を右側の傭兵側に向けていたオレの左目に何かが掠める。咄嗟にしゃがんだ。同時にヒジリがズボンの裾を噛んで引きずり倒していたらしく、そのまま転んで頭を打った状態で目を瞬く。


 頭上を横切った細長い2本の何か、たぶん動物の脚だ。それも角度がついた後ろ脚……筋肉がぼこっと盛り上がってて凄い。あれに蹴られたら、死ぬ気がした。


「……ボスが砕け散るところだった」


 呟いたヴィリの声は硬い。ヒジリに引きずられて背中のシャツがめくれてるので、背中が冷たかった。ごろんと寝返りを打って向きを変えると、正面に立派なおみ足が……やっぱり馬だ。暗い場所なのでよくわからないけど、たぶん栗毛っぽい。


『金馬、我が主殿に何たる無礼をっ!』


 ぐわっと怒りの牙を剥いたヒジリが数歩前に出た。俯せのオレを守るように覆いかぶさる黒豹が頼もしい。隙間から覗いてるオレがカッコ悪いけど、まあ仕方ない。


 聖獣であるヒジリが「金馬」と呼んだなら、この馬は聖獣なんだろう。金の一角獣と説明されたが語弊があったようだ。翻訳が間違っていたのかも。


「これ、金色の一角獣じゃなくて……頭に金玉ついた栗毛の馬じゃん」


『やだぁ、主人ったら』


『もう少し包んで表現しないと泣きますよ』


『鳴くの間違いじゃん。コイツ、昔から面倒くさいんだよ』


 コウコ、スノー、ブラウの順でだんだんと酷い表現になっていく。オレの上にいるヒジリの前足がぶるぶる震えてるのは、笑いを堪えているのか。髭もぴくぴく動くし。

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