298.女性に押し倒されかけた(2)

「リアム、お待たせ……っ?」


 扉を開けるなり飛びついたリアムを受け止め、後ろに転がりかけたところをヒジリに支えられた。頭をぶつけないよう、じいやの手も添えられている。のけぞったオレが尻餅をつくと、リアムがその上に座った。


「ん゛……リアム、どうしたの?」


 半泣きでしがみつかれたら、転がって頭を打つところだったなんて、どうでもいい話だ。オレの軽い頭なんてぶつけても何も出ないだろうし。心配で見上げたリアムが、ずずっと鼻を啜った。


「セイが浮気した」


「はい!? してないぞ」


「ヴィヴィアンと抱き合ったと聞いた」


「情報が間違ってるよ。抱き合ったんじゃなくて、捕獲されたの。それに密着度で言ったら、今のリアムの方が、その……よほど近いよ」


 照れてしまう。彼女いない歴が年齢で死亡した24歳ニートだぞ。尻餅ついたオレの太腿に、がっちり両足ホールドで乗っかる美少女。黒髪と青い目が美しいリアムが涙目のサービスだ。俗な表現で悪いが、息子がしそうだし、柔らかな尻の感触が堪らない。手を伸ばして撫で回したいし、もみほぐしたいが我慢だ。


 痴漢行為だからな。ここで人生棒に振ることは出来ない。ぐっと堪えて握りしめた拳を、じいやから見える場所まで突き上げる。よく我慢しましたと言わんばかりの、じいやの撫で撫でがオレの髪を乱した。


「浮気しないか?」


「リアムがいて、誰に浮気するの。オレの気持ちも愛も心も、すべてリアムのものだよ。独占してるのに、まだ心配なのか」


 漫画で覚えたキザな言い回しを使ってみる。ぽっと頬を赤らめたリアムは、オレの肩に手をついて降りた。それから差し伸べられた手を受けて、身を起こす。ここで彼女の手を当てにして引っ張ったら転ぶので、鍛えた腹筋に頑張ってもらった。


「食事だよね、明日は衣装の打ち合わせだと聞いてるけど」


「これからは可能な限り一緒に食べたい」


「オレも」


 甘い雰囲気でつい唇を寄せたら、ぶちゅっと何か違う物に唇を押さえられた。閉じた目を開いたオレが見たのは、シフェルの手だ。リアムとオレの顔の間に差し出されていた。相変わらず邪魔は絶妙なタイミング……ん?


「どうしてシフェルが」


「一緒に食べてくれると言うので、誘ってみた」


 今までは一人だったので、賑やかな食卓に憧れると笑う彼女に、オレは曖昧に微笑んで頷く。否定できねえ。オレだけいればいいじゃん、と言える状況じゃなかった。


「そういや業務連絡な、北の国は王族3人、レイルもいるから4人か。全員出席で準備してくれ」


「留守は?」


「宰相に任せる。転移で連れてくるから。あと傭兵に振る舞う料理と食材もだ。前回みたいに傭兵を差別したら、クーデター起こすぞ」


 きっちりシフェルを脅しておく。複雑そうな顔をしたものの、個人的な感情では納得したらしい。シフェルは公爵家の次男で、ある意味貴族の見本みたいな奴だった。礼儀正しく公正で部下や上司の信頼も厚く、融通が効かない。徐々に崩れて、今ではこんなだけど。


 傭兵の扱いについては、他の貴族と大差なかった。契約をすれば裏切らないから使える手足、危険な場所を任せて切り捨てられる存在。その程度の認識だった。オレが傭兵を手足として使うのは、ジャック達がオレを育てたからだ。この世界にいるキヨは、異世界転移した時に生まれ変わった。過去のオレとは別人で、その人格形成に大きく関わり、命を守り、保護したのが傭兵だ。


 一宿一飯以上の恩義があるのに、見捨てる選択肢はない。オレが偉くなったから、上品な貴族とだけ付き合う必要はないだろ。心を許せる友人を贔屓するのは人間らしくていいんじゃないか。


「この国はまだキヨに追いついていない。いずれ、キヨの考え方が広まれば良くなる」


 リアムが硬い口調で噛み締めるように口にした。シリアスなところ悪いけど、腹が空いた。


「リアム、難しい話は後にして飯食わないか?」


 ぐぅと情けない音を立てた腹を撫でると、皆の表情が和らいだ。オレの腹の虫、いい仕事したぜ。

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