159.置いてきた黒歴史(3)

「ベルナルド、難しい?」


「どれだけ掬えばいいか、わかりませんぞ」


 うーん、隣のボールを見る限り掬いすぎだよね。この勢いではスープ本体がなくなってしまう。そちらの手伝いに回るので、肉のカットを風魔法が得意な怠け者に任せることにした。足元の影に声をかける。


「ブラウ、手伝って」


『主ぃ、僕は聖獣様なんだよ?』


「わかった。じゃあ、聖獣様はお食事抜きで」


『ぼ、僕が仕事しなかったことあるぅ?』


 間抜けな声で必死に追いすがる青猫に、にっこり笑って肉の塊を指さした。


「あれと同じにカットして」


『承知ですぅ』


 青猫に任せて、ベルナルドの手元を覗き込んだ。ちょうどそこへ走り終えたジークムンドが戻ってきた。手を洗ってきたと示す彼とその部下を手招きし、ベルナルドの補佐につける。


「鍋の管理お願い。ちゃんと灰汁を掬うこと、量を出来るだけ減らさないこと、美味しくな~れと願うこと。以上」


「あいよ、ボス」


 息を切らす部下と正反対に、けろりとしたジークムンドは簡単そうに請け負った。まあ彼は野営の時もそれなりに料理が出来たから任せても平気だと思う。いそいそと全体を見回し、手の空いてる連中を呼びつけて皿や食器の準備をさせる。


 そろそろか……。


「セイ、おはよう」


 黒髪の美しい天使が今日も舞い降りた。大急ぎで駆け寄り、収納から取り出したクッションを硬い椅子に敷く。シフェルはまだ調べ物をしているらしく、お供はクリスティーンだった。予備のクッションを彼女にも渡しておく。やはり女性に優しくは標準装備だ。


 気づけば、毎朝一緒に食べるのが当たり前になっていた。よく侍女達から許可が出たと感心したが、リアムが脅したと知ったのは昨夜だ。なんでも「セイと朝食を食べてはいけないなら、食べない」とのたまったとか。ただでさえ細い身体なんだから気を付けて欲しい。


 別に豊満じゃなくていいが、健康的なラインまでふっくらした方が可愛いと思う。毒見役を置くくらい狙われるせいか、食が細かった。だから彼女が食べるなら、場所はこの際目を瞑る決断をしたのだろう。侍女の方々に安心してもらえるよう、しっかり食べさせるつもりだ。


「皇帝陛下、ご尊顔を拝し……」


「はい、そこまで。畏るの禁止」


 挨拶を始めたベルナルドを遮った。この場はいわゆる無礼講というか、階級で彼女を孤立させたくない。遮られたベルナルドはそれ以上余計なことを言わず、無言で頭を下げた。


 ちなみに彼はオレの予備エプロンしてることを忘れてるんじゃないかな? 強面とエプロンは意外性があるけど、なかなか興味深い組み合わせだった。クリスティーンがくすくす笑ってるのは、絶対にエプロン姿だと思うぞ。

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