159.置いてきた黒歴史(2)

「あれなら洗ったぞ」


 けろっと答える傭兵の……名前が出てこない奴の頭をぺちんと叩く。美しく磨かれた鍋が手から落ちて転がった。派手な金属音がしたので、食事係の傭兵達が振り返る。


「阿呆! あれは出汁を取るから保管って言っただろ」


「悪い、おれが捨てていいと許可した」


 部下を庇うジークムンドをじろりと睨み、腕を組んで溜め息をつく。部下を庇う上司、非常に優しく美しい光景だが、失われた鳥ガラ出汁は戻らない……というわけで。今日のスープの味が落ちるのは確実なのだ。罰ゲームは免除出来ない。


「わかった。2人とも中庭を10周。全力でね」


 軽くはないが、処罰というより悪ガキのイタズラを叱る程度の運動を言いつけた。オレの話を聞け、特に食べ物関係は大事だぞ。異世界チートの美味しい鳥ガラ出汁が……。


 膝からくずおれそうになりながら、磨かれた鍋にひとまず水を張る。そこへ野菜を入れ、細かくカットした硬い筋肉を放り込んだ。これで多少なり味がでるだろう。


「キヨ様」


「なに」


「……キヨ様が自らお料理を?」


 愛用のエプロンを付けながら振り返り、少し首をかしげて気づいた。そうか、ベルナルドは初めてここに来たから、オレの日常を知らないんだ。ぽんと手を叩き、予備のエプロンを差し出した。嫌な予感に顔を引きつらせるお貴族様へ、にっこり笑う。


「ベルナルドも料理覚えようか。ひとまず、鍋の灰汁あく取りを任せる」


 やり方を説明する役をノアに押し付け、手持ちの肉を確認する。宮殿の料理人から分けてもらう肉は、騎士団と同じレベルで柔らかい。煮込み用の硬い肉は鍋に入れたので、豚っぽい脂つきの肉を薄切りにした。まず魔法で宙に浮かせて、風の刃を使って薄く削いでいく。


 魔法カットのよいところは、その間手元で別の作業が出来ることだ。手が増えた感じを想像すると近い。削いだ肉が手元に落ちて、用意した粉をまぶした。ちなみに片栗粉が手元にないので、小麦粉をまぶす。タレがよく絡めばいいんだから、どっちでも同じだろう。


 ここで料理番組並みの知識があればこだわるかも知れない。焼き菓子用の粉を流用した手元の肉を、隣で待つノアに渡した。油を敷いた鉄板で肉が焼かれていく。両面焼けたら、さらに向こう隣でジャックがタレを用意していた。


 どこの工場かと思うほど、手慣れた流れ作業だ。タレを潜らせた肉を、数人の傭兵がパンの間に挟んでいく。きゅうりっぽい何かを一緒に挟むよう指示したが、今日はレタス系の葉物野菜が未入荷だった。


 今後はメニューに合わせて入荷をお願いしておこう。あれこれ改善点を確かめながら肉を削ぐ。考え事してても手を切る心配がないのも、魔法の便利で役立つ部分だな。振り返ると、後ろでベルナルドがあたふたしていた。

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