330.間接キスは危険なお味(2)

 違う、そうじゃなくて――これ、間接キスだ。


 驚いたら喉がごくりと動いた。口の中にじわりと苦味が残る。悲鳴を上げた侍女が、外へ助けを求めに行った。今から医者を呼んでも間に合わないぞ。


「あ、これ知ってる」


 最初に痺れが来て、呼吸困難や脳神経の阻害が始まるタイプの速効性だった。青い瓶と茶色の瓶を同量混ぜて飲めば、消えるんだったよな?


 のそのそと収納から道具を取り出し、レイル直伝の解毒剤を作ろうとしたら落とした。カシャンと金属音を立てる道具を拾おうとするオレに、リアが泣きそうな声で縋る。


「顔色がっ、やだ、どうしよう」


『問題ないぞ、婚約者殿』


 黒豹ヒジリがオレの口元をふんふんと匂い、ベロチューかました。涙ぐんだ婚約者の眼前で、ねっとり口中を舐め回されて唾液を飲まされる。


「ぐっ……うぇええ」


『主殿、失礼であろう』


「悪い」


 反射的に謝ったオレは、怠さも痺れもすべて取れたことに安堵する。だがベロチューはやめて欲しい。ジト目を向けるも、当人はけろりとしている。ぺろぺろと肉球を手入れしているが、お前……地面を踏んだ足裏を舐めたのに、ベロチューしたんだよな?


 前に苦情申し入れをしたら、治癒はキスや噛む行為なしで行わないと宣言されたので諦める。諦めるけど……人前はない。それもリアの前だぞ。


「礼は言っとく。ありがとう、ヒジリ。正直助かった」


 解毒剤の作り方を知ってても間に合わない事例もある。よく覚えておこう。そういう意味で、オレがリアの解毒を試みたのは当たりだった。症状が出る前に毒を消したから、顔色も……違う意味で青いけど大丈夫そう。


「よかった」


 安堵の言葉だけを漏らし、リアがオレに抱き着いた。しっかり抱き締め返す腕に力が入る。背中をゆっくり撫ぜた。彼女は兄を毒殺されてるから、すごく怖かったと思う。


「安心して、オレは死なないよ。何しろ肩書きが片手に余る英雄で、リアの婚約者だ。こんな美人を置いて倒れる気はないさ。誰かに取られちゃうだろ?」


 ちょっと茶化して軽い口調で告げると、ようやく顔を上げたリアが笑った。目元が少し赤いけど、唇を寄せて治癒で消していく。


「どっちを狙った毒かな?」


 落ち着いたところでカップを眺める。リアとオレの前に置かれたカップは、どちらも同じ柄だった。念のため、解毒薬を調合してから自分の前のカップに口を付ける。何ともない。リアを狙ったのか?


 首を傾げながら気付いた。同じポットからお茶を注いだんだから、中身は同じ。カップ自体に仕掛けをした可能性があった。レイル先生に仕込まれたので、毒に関する知識と処置はプロ並みだ。試薬で検査しようとしたら、匂ったヒジリが先に見つけた。


『この蜂蜜ぞ、主殿』


「蜂蜜……」


 なるほど。オレはお茶を甘くしない。だから蜂蜜を入れたリアだけが被害に遭うのだ。リアを狙ったな? 目つきが悪くなるのが自分でも分かった。


「ブラウ、ちょっと探偵ごっこしないか?」


『真実はいつも二つ!』


「ある意味真理だな、そういう結論書いてるサイトがあった」


 事実は一つだが、そこから見える真実は人の数ほどあるという、詭弁に近い理論だが面白かった。お前も読んだのか? 顔を出した青猫がにやりと笑う。


「向こう側の真実とやらを探ってきてくれ。これはお前にしか頼めない仕事だ」


『ラジャー! 死して屍拾う桃なし』


「者」


 ぼそっと突っ込む。妙なボケにハマってるが、いつも何を参考にしてるんだ? 笑点とか観始めたんじゃないだろうな。沈んでいく青猫を見ながら、オレは首を傾げた後……大急ぎで証拠を収納に保存した。そこへ泣きながら駆け込んだ侍女と、引きずられる医師。悪いがもう出番はないぞ。

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