18.裏切りか、策略か(2)
背後にリアムを庇って矢面に立つ。この時点で下がらせるのではなく、まず逃がさなければならなかったのだ。愚かにも、『護りきれる』過剰な自信があった。
「セイ、気をつけろ」
「わかってる。ちょっと待ってて」
実戦の危険を理解していない子供の強がりを、彼はどのような想いで見送ったのか。リアムを幾重にも結界で囲い、自分だけが前に出た。飛んできた炎を左手で弾き、右手を翳す。続いた風の刃を水の盾で防いだ。
オレの魔法は通じる。敵に勝てる。そう勘違いした。近くで蠢く薔薇が身動きしない違和も、後ろに庇ったリアムの声が聞こえないことも、まったく気付かずに暴走する。
あの時、後ろで必死に止めようとしたリアムを振り返る余裕があったなら、結果はまったく違っていただろう。足元の芝がざわめく様も、怯えた薔薇の蔦が縮こまる姿も、気付けば違和感を覚えただろう。
そもそも、なぜ便利な魔法を戦いに使わないのか。銃弾に魔力を込めて届かせる意味は? 魔法で焼き払えばいいのに、そうしない理由を……考えてこなかった。
「出て来い」
睨み付けた先の茂みが揺れる。そこから一人……いや、一匹の獣が飛び出した。黒豹に似た外見の獣は大きく、見上げるほどある。睨みつける黄色の瞳は猫の目に似て、縦に瞳孔が開いた。
ぞくっとする。背筋を這う悪寒が恐怖だと気付かぬまま、オレは空間から剣を引き出した。武器を手にした途端、獣の気配が変わる。低く唸りながら身を伏せた。飛び掛るタイミングを計る獣へ、一歩右足を踏み出す。
「っ、やばッ」
足元の芝が黒く染まり、踏み出した右足が最初に飲み込まれる。タールのようなネバネバした液状の大地から足を抜こうと足掻くが、すぐに左足も沈み始めた。足掻くほど沈む黒い円の中、後ろのリアムを振り返る。
「逃げろ、リアム…」
駆けつけたシフェルがリアムを保護するのを目にして、ほっと息をつく。ずぶずぶ沈んでいる状況で、本当にのんびりしたことを考えていたものだ。駆け寄るジャックが右足を踏み込み、焦って後ろに下がった。
「なんだこれ、キヨ。手を……」
「オレはいいから、リアムを頼む」
格好いいセリフを口にしても、この状況を打開する手段がない。この黒い沼に嵌ってから、何も出来なくなったのだ。魔法は一切使えないし、手にした剣を突き立てても飲み込まれてしまっただけ。
魔法が使えない所為で、サシャも手を出せずに道具を取りに走った。ライアンが背のライフルと腕の長さで必死に手を差し伸べるが、残念ながら届かない。ジャックが飛び込もうとするのを、ノアが引き止めていた。
「来るな、命令だぞ」
黒い液体は口の下まで届く。あと少しで呼吸が出来なくなるだろう。恐怖が忍び寄る中でジャックに声をかけた。泣き出しそうな顔で芝に手をついたジャックに「大人なんだから泣くなよ」と呟いたのが最後だった。黒い泥の中に引き込まれる。
息が出来なくて、泥の重さで動けなくて、死ぬなら一思いに殺せと叫んだ口の中にも泥が入った。どうしようもない状況で全身の力を抜く。肺を泥が満たしたのか、苦しさに喉を掻き毟った。
こんな死に方するために、異世界に来たのか。
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