第5章 失敗は死を招く

18.裏切りか、策略か(1)

 本気の殺気を向けられれば身が竦む。その言葉の意味を知ったのは、わずか数日後だった。重い足を必死で動かして逃げ続ける。喉が渇いて奇妙な音が零れ、今にも張り裂けそうだった。足も痛い、腕も……腹部も体中が痛くて涙が滲む。


 こんなに身体が乾いて辛いのに、涙が出るなんて……生理的な反応だがおかしくなる。ちょっと笑える自分に気付いて、まだ大丈夫だと言い聞かせた。


 冷静さを失えば一気に追い詰められるだろう。深呼吸して息を整えながら、木のうろに身を寄せた。見上げた空は雲に覆われて方角が分からない。いっそ雨でも降ればいいのに……願いながら、疲れた身体を丸めて縮こまった。


 脳裏を昨日までの出来事が流れていく。


 ああ、昨日の午後に戻れたなら……こんな失敗は二度としないのに。







 リアムの家族の話を聞いてからも、魔法の授業は続いた。早朝の訓練もこなし、午前中はシフェルと議論を戦わせ、午後はリアムによる魔法の実践だ。歴史も作法も一通り終えたオレは、幸いにして転移前の数学や読み書きの知識のお陰で座学を終了していた。


 ちょっと調子に乗っていた自覚はある。魔法が使えるようになり、生活は格段に便利になった。早朝の訓練だって、欠伸していてもこなせる。もう一流の戦士になったつもりで、状況を読み誤ったのだ。


 昨日、午後の日差しを浴びながらリアムの魔法を見せてもらった。結界を張った中に水を満たして火をつける。水蒸気爆発に似た熱湯による攻撃を、外側の結界で防いだ。簡単そうだが難しい。常に複数の魔法を制御し続ける必要があるし、魔力も膨大に必要とした。


 同じ魔法を繰り出そうと外の結界を張ったところで、オレたちは攻撃を受ける。張ったばかりの結界を咄嗟に自分達に被せた。飛んできた炎を防いだ結界は、割れて消える。結界と一緒に、役に立たないオレのプライドも木っ端微塵だった。


「ちっ」


「しかたない」


 元から使用目的が違う結界なのだ。魔力の差で消されたわけじゃなく、単に別目的の結界を転用しただけだから、補強もない結界が砕けるのは当然だった。分かっていても腹が立つ。


「リアムは下がって」


 これが最初の失敗だった。

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