18.裏切りか、策略か(3)

 ドンッ。腰に痛みが走り、手足が自由に動いた。必死に泥を吐き出す。書道の墨みたいな味がする黒い液体を吐きながら、なんとか呼吸を再開した。途端に激しく咳き込む。


 そりゃそうだろ、まだ喉や肺に泥は残っていて、息をすれば泥も吸い込まれる。気管に入った泥を吐ききるまで、何度も吐いて咳を繰り返した。


 時間の経過は分からない。ようやく正常な呼吸が出来るようになった頃には、体力を使い果たしていた。見回しても真っ暗な森だとしか分からない。


 ――死んでない、生きてた。


 寝転がって呼吸を整えると、体力を失った身体は急速に眠りを求めて体温を上げる。うとうとしかけて、木の葉を踏む音に肩が震えた。目が覚めたとたん、複数の人間が近づいてくるのに気付く。動物じゃなくて、人間だ。


 敵か、味方か。判断がつかない状況ならば、敵だと想定して動く。学んだ知識を元に、近くの茂みに身体を潜りこませた。出来るだけ音をさせないよう、慎重に手足を動かす。


「このあたりだろう」


「本当に成功したのか?」


 口々に聞こえる声に違和感を感じる。自動翻訳された所為で意味は理解できるが、おそらく言語が違うのだ。傭兵連中は東側のサーガ語を使うし、リアム達中央の国はシエラ語が公用語らしい。以前に倒した敵はラスア語だと聞いた。

 

 彼らの言語はそのどれとも違うのだ。内容は理解できるのに、聞こえる響きは初めて聞くものだった。言語が違う時点で、味方である可能性は限りなく低くなる。そのまま隠れることにして、息を潜めて様子を窺った。


「さっきから探してるが、いないじゃないか」


「おれにキレるなよ、すぐ見つかるだろ。皇帝なんて何もできないガキらしいからな」


 ……あ、これ、人違いだ。リアムを誘拐しようとして、庇ったオレを連れてきたってオチ。しかも間違いに気付いていないだけじゃなく、見失ってる最悪のパターンだ。


 見つかって、リアムじゃないとバレたら……殺されたり? するかもな。何しろ安全な日本と真逆な世界だから、人質としての利用価値を考えるより先に殺される予感しかない。


 震えそうになる身体を自分で抱き締めた。丸くなってやり過ごす方法しか思いつかない。動いたら茂みが音を出しそうだし、助けが来る状況じゃなさそうだ。黒い沼によって転送状態だったと仮定すれば、この場所を特定出来るのは沼を使用した連中だけだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る