18.裏切りか、策略か(4)

 ましてや誘拐犯がうろうろ歩き回ってる森なんて、絶対に敵地に決まってる。一息にここまで決め付けて、呼吸の回数まで制限して文字通り息を殺した。


「もう少し先か?」


 歩く音が少し遠ざかる。目を閉じて気配を探れば、動いている魔力はひとつだった。もうひとつは動かない。嫌な予感がして薄目を開くと、すぐ前に靴があった。


 悲鳴を上げそうになった口を両手で押さえた自分を褒めたい。咄嗟の行動だが、動いたことで茂みがすこし揺れた。声を出すよりマシだが、見つかったか?


「この辺に魔力があるんだよな……僅かな痕跡みたいなの」


 どうやら魔力を頼りに探す手法に長けた男らしい。言われて、自分の魔力が多少なり漏れているのだと気付いた。訓練であれほど魔力や気配を殺す方法を学んだというのに、肝心なこの場面でお漏らしって……どうよ、情けない。


 遮断しようとして、逡巡する。彼が感じている魔力は僅かだが、それをいきなり消したら……疑惑が確信に変わるんじゃないか? オレなら目の前の茂みに誰かいると判断する。


 どうしよう、攻撃を仕掛けるなら先手必勝だと思う。相手は2人だけど勝てるかも知れない。戦い方へかなり気持ちが傾いたところで、男は踵を返した。遠ざかる足音に声が重なる。


「気のせいか、魔力量が少なすぎる」


「どうせ獣だろう。仮にも中央の皇帝が獣レベルの低魔力だなんて話はないぞ。竜属性ですごい美形だと聞いた」


 リアムの噂話をする声が遠ざかる。


「いくら美形でも男だぞ」


「まだ子供なんだろう? その辺に隠れている可能性が高い」


 茂みや木の上を注意しながら去っていく連中の気配が十分離れたのを確認して、ようやく大きく息を吐いた。詰めていた息を整えるように、何度も深呼吸する。


 実戦は最初に経験したし、訓練でジャックやシフェル相手に結構戦った。彼ら相手でも勝てると思うが……こうして追われる立場になると、応戦するより先に隠れてしまうのは本能なのか。単にオレが臆病なだけか。どちらにしても、やり過ごせたことに安堵した。


 動けるように浮かせていた腰をぺたんと地面に落とし、冷たい土の上に寝転がりたくなる。脱力した身体は動くことを拒否していた。黒い沼で溺死しかけた後の眠気は吹き飛んでいるが、動く気力も体力もない。

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