13.盾となる名誉(6)

 興奮が冷めるに従って、ひどく悪いことをした気がした。無気力だった過去と違い、今のオレは不安定で感情的だ。あの男を殺した後悔はない。血に汚れたのも当然で、リアムの手を取れないのも仕方なかった。


 なのに……なぜか泣きたい。


「少し外せ」


 俯いたままリアムの声を聞いて、唇を噛んだ。遠ざけられてしまう――複雑な感情を押し殺して顔を上げる。最後なら、リアムの顔を見ておきたい。


 だが、顔を上げた先には誰もいなかった。騎士はもちろん、倒れていた侍女もとうに運ばれている。残っているのはオレとリアムだけ。誰もいない前ではなく、左側から腕を取られた。


 気配を感じる前に、象牙色の指がしっかりとオレの指を握る。手を繋いだ右腕にリアムが寄りかかるような形で、腕を絡めていた。


「あの…っ」


「人払いをした。こちらへ」


 今度こそ逆らう余裕がなくて、一緒に歩き出した。庭の先へ進み、小さな平屋の扉を開いて入っていく。中は薄暗く、しかし不思議なほどよく見えた。扉をくぐる瞬間だけ、僅かな違和感が肌をすり抜ける。


 竜という属性を得てから、かつてのオレの経験や培われた常識は役に立たない。だから見えすぎる視力に疑問をもつより、”こういうものなのだ”と素直に受け止めた。


 一部屋しかなかった。外から見た大きさから判断しても、他の部屋はない。木造の丸太小屋に似た作りで、豪華な宮殿の庭に建っているのは奇妙な印象を与えた。華奢な東屋ならばわかる。繊細な彫刻も高そうな建材も使われていなかった。


 横たわれそうな大きめのソファと小ぶりな机、壁の一面は書棚があり沢山の本が並ぶ。窓もあるようだが、雨戸のような板で日差しを遮られ、奥にランプが用意されていた。読みかけなのか、本が1冊机の上に無造作に置いてある。


「ここは隠れ家だ」


 秘密を明かすように、楽しそうにリアムは告げる。そこで絡めていた腕を離すが、指を絡めて握った手はそのままだった。リアムの手が温かくて、何も言えずに見つめる。


 赤い血に塗れた青白い手に、象牙色の温かな指が絡まっていた。


「汚れる」


 手を解こうとすると、さらに強く握られる。少し痛いくらい力を込めたリアムは、聞こえなかったフリで言葉を重ねた。



「お前には特別に入る許可をやろう、今回の褒美だ」


「……ほうび?」


 首を傾げるオレに、リアムはようやく手を解いてくれる。しかし正面に回りこまれ、今度は両手を掴まれてしまった。

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