296.褒めて褒めて褒め倒せ(2)

 ムッとしながらハンカチを拾うと、シフェルが妻クリスティーンのエスコートをしながら入ってきた。睨む彼の後ろでウルスラが隠れて笑う。シフェル達がリアムに挨拶を終えたところで、ハンカチを投げ返した。早く正確に飛ぶよう加工したのに、あっさり受け止められる。これが格の違いってやつか?


「セイは私の隣へ」


 にっこり笑って彼女の右隣へ座る。心臓の側に彼女がいるとか、ドキドキが聞こえそうなんだが。左隣にウルスラが座り、クリスティーン、シフェル、じいやだった。隣がシフェルじゃなくて安心した。食べてる最中に銀ナイフで刺されそうだし。


 運ばれた大皿料理を食べながら、醤油や味噌がないことに気づく。勝手に調味料足したら叱られるし、料理人のプライドを傷つけちゃうか。諦めて食べるが、もちろん宮殿で出される料理だから味はいい。この世界に来たばかりの頃は、干し肉より美味いという基準だった。自分で作ったりノア達と食べるようになって、徐々に食材や調味料が増えたことで、舌が肥えてしまったらしい。


 物足りない。醤油や味噌のしょっぱさ、香ばしさが足りないのだ。ハーブ塩も助かったし、美味いのにな。故郷の味には勝てないのか。どこかのラノベの主人公みたいな贅沢言ってんじゃねえぞ、オレ。


「リアム、あーん」


 お行儀が悪いと嗜められるの覚悟で行った「あーん」だが、誰も苦情は言わなかった。リアムからも食べさせてもらい、互いに微笑みあう。


「結婚式の予定ですが」


 ウルスラが迷いながら切り出した。ここで他国の王をどうするか、なんて政治的な話は出せない。あくまでも個人的な親睦会に近い会食だった。だが結婚式の話題なら、当事者がいるので問題ない。リアムに食べさせてもらった肉を噛みながら頷く。


「来年にしましょう」


「え、いいのか?!」


「マジで?!」


 リアムとオレが声をあげる。マナーもへったくれもない。口にまだ肉が入ってるが、無視した。じいやが難しい顔してるけど、説教は後で聞く。今は口を挟んでくれるなよ。


「ええ、来年なら準備も間に合いますし、各国から招く客人の予定も押さえられます」


「「やった」」


 向かい合って両手をハイタッチしたオレとリアムに、シフェルがきっちり釘を刺した。


「条件があります。書類上の夫婦です。同衾や一緒の入浴などは、32歳まで認めません」


 遠回しに体が成熟するまでは、性交渉禁止を言い渡された。わかるけどね。オレだって今のリアムに突っ込み……表現が悪かった。今のリアムを抱きた……難しいな。一緒の布団で眠りたいけど、それで暴走したら取り返しがつかない。愚息がおっきしない保証はなかった。さらに襲い掛からないと確約できるほど理性が堅固でもない。


「うん、当然のことだと思う」


 オレより先に男前リアムが返答してるし。32歳ってことは、外見的に16歳。今が25歳になるところだから、あと7年か。


「わかった。監視もしてくれていい」


 ここは同意の一択だろ。どうせ断ったら結婚式自体を先延ばしされるだけで、期間が短くなるわけじゃない。何より、リアムがオレの嫁さんとして公式に認められたら、彼女が襲われる確率が下がる。ゼロにはならないが、勝手に婚約させられたり、誘拐される可能性は低くなるんだから。


 彼女の身の安全が最優先だった。


 椅子から立ち上がり、絨毯に膝を突く。忠誠を誓う騎士みたいに優雅にはできないが、オレにできる精一杯だ。指輪も用意してないし、花束もない。何もないオレだけど――。


「美しいロザリアーヌ姫、オレと結婚していただけますか?」


 これはケジメだ。周りに言われてその気になって、なんとなく結婚してましたなんて最悪だろう。彼女はオレのお姫様で、この国の皇帝陛下だ。今まで堅苦しい貴族社会を男のフリで生きてきた。何もかも我慢して。だからきちんとご令嬢に求婚する形を取りたい。オレがオレの意思で選んだことを、彼女に知って欲しかった。


「セイ……っ、はい。はい!!」


 声を詰まらせて抱きついた彼女を受け止め……損ねて転がるあたり、やっぱりオレは修行が足りない。と思ったら、じいやがそっと背中を支えてくれた。

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