309.権力は人のために振るう(2)

 ユハは中央に残ると決めたらしい。ルリとの結婚資金も弾んでやろう。元々西の王家で兵士やってたから、安定する公務員的な仕事を用意するか。個人的には、子ども好きなようなので、孤児院の護衛兼教師役をお願いしたい。


 騒々しかった官舎も一気に人が減るな。転移でひょいひょい移動できないから、きっとたまに会えるだけか。


「寂しいのか?」


「うん、そうだな。この世界に来てからずっと誰かが居てくれた。これからは、リアが隣にいてくれるから平気だ」


 ジャック班もじいやもいる。聖獣だってうろちょろしてるから、寂しいわけがない。シフェルと口喧嘩して、クリスティーンが苦笑いしながら仲裁して。そんな日常が始まるだけだ。


 そう思うのに、ジークムンド達が南の国へ行くことを素直に喜べない。出世だし、安定してる。傭兵の地位が向上することを願ったオレのアイディアだったのに。


「実は……こっそり進めてきたのだが」


 まだシフェルが口外を許可していないから、秘密だぞ。唇に指を押し当てて、微笑むリアが首を傾げる。秘密が守れるなら教えてやるぞと笑う彼女に、頷いた。


「耳を貸せ。今まで敵だった国がすべて、事実上の同盟国となる。互いの王城に魔法陣を設置する計画が上がった」


 ひそひそと耳元で話すリアの声と、吹きかけられる息が擽ったくて首を竦める。首は急所だから敏感なんだよ。煽るな、危険。


「大丈夫なのか?」


 王宮や宮殿の敷地内に設置予定だという。中央の宮殿は酒蔵だった地下室を使うと笑った。北は城門近くの庭に、南は王族不在でまだ決まっていない。地下迷宮を出た部屋を選んだ西、東は王宮にある塔の部屋を修繕する予定らしい。なぜか宝物庫だった塔のてっぺんだ。


 対になる魔法陣を刻み、それを持って和平の協定書とする。発案者がレイルだと聞いて驚いた。くすくす笑いながら、リアは「権力は誰かを助けるための力なのだろう?」と告げる。ずっと、そうあれたらいいと思う。


 頷くオレの前に、顔色を変えたレイルが飛び込んだ。なんとか食い止めようとした騎士をぶら下げ引き摺り、強引に突破したのだろう。整えた服も髪型も乱れてぐしゃぐしゃだ。王族相手なので、無茶ができない騎士の必死さが伝わる。


「キヨ、手伝ってくれ。おれの嫁が拐われた!」


「「「嫁?」」」


 じいややリアとハモリながら、レイルに事情を聞く。かつて南の国で繁栄した大きな商家の娘らしい。王族の魔の手から逃すため、親は我が子を隠した。以前に南の国で探す協力を求められたのは、その子だった。実際には、入国してすぐにレイルに保護の連絡が入り、オレは用無しになったのだが。


 保護して匿ったその子は、祖父や両親から受け継いだ莫大な財産と、商業ルートを持っている。誘拐されたと焦るレイルの顔色は真っ青だった。最悪、洗脳されるか殺されるか。そう聞いたら助けるしかないだろ。


「わかった。レイルの嫁ならオレの妹同然だ。助けるから、特徴を教えてくれ」


 聖獣達も集まり、話を聞くが……途中でオレの表情が強ばり、最後にはチベットスナギツネだった。


 大人しくてほとんど話さない。現時点で20歳になるが、牙属性なので見た目は10歳前後。レイルによく似た赤髪と、緑の瞳……もうお分かりだろう。北の国から誘拐された少女の正体はあの子で、誘拐犯は――オレ?!


「レイル、冷静に聞いてくれ。その子ならオレが……」


「キヨ様が保護なさっております」


 じいやの助けの手が! そうか、攫ったじゃなくて保護したって言えばよかったのか。友情に亀裂が入ると思って、言葉を探しながら言い淀んだ隙に、じいやがファインプレイだ。


「お前が? 助かったぁ」


 北の国に置いてきた仲間から連絡が入り、焦ったらしい。昨夜カレー食わせて、その後……誰に預けたっけ?

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