217.破棄した契約、どうするよ(3)

 飛び起きたオレに驚いたサシャが、椅子から落ちて尻餅をついた。ジャックは腹を抱えて大笑い。ノアは濡れたタオルでオレの血を丁寧に拭き取っていく。煙草を差し出すレイルに礼を言って、素直に咥えた。煙は嫌いだが、これの麻酔効果はすでに体験済みだ。


 数回吸って吐くと、痛みは劇的に楽になった。いや、違う。麻酔のおかげじゃなくて、ヒジリの治癒だった。治す時に必ず噛んで傷を広げるの、なんとかして。マジ痛かった。


 ぐったりしながら身を起こすと、苦笑いしたノアが濡れタオルで首や頬についた血を拭いてくれた。ついでに着替えも渡される。頭から被る丸首じゃなくて、ボタンで着るシャツだった。問題は脱ぐ時だが……。


「動くな」


 刃物を向けられると攻撃したくなるんですぅ!! ひっと首を竦めるオレの背中側を、レイルのナイフが一気に引き裂いた。反撃しなくてよかった。強張った肩を解してシャツを羽織り、ボタンを止めていく。足元で泣き続ける子供を抱き上げた。


「ほら、もう泣くな」


『ご主人っ……様、死んじゃ、っと思って……』


「はいはい。落ち着いて。大丈夫だ。見ての通り仲間がすぐに助けてくれるし、ヒジリだって治癒してただろ。そう簡単に死なないよ」


 しゃくりあげるマロンをあやしながら、気づいた。シフェル、どこいった?


「シフェル見なかった?」


「ん? なんだか報告があるとか……」


 レイルが気のなさそうな返事を寄越す。報告って、絶対に本国だろ。余計なことをリアムに吹き込まれると心配させる!!


「全員、シフェルの確保! 奴の報告を妨害せよ! 特別手当てを出す」


 竜殺しの英雄でもらった報償金が入った袋を見せると、傭兵達が一斉に武器を手に飛び出した。外でも同じように騒ぎが起き、ざわざわと人が離れていく。


「オレも出る」


『やめて……あなたに何かあったら、僕ぅ……』


「ブラウ、心当たりの作品が多すぎて絞れない」


 そんなセリフ、アニメや小説に溢れてたから。冷たく突き付けて、銃を抜いた。収納から取り出したナイフをベルトに挟む。ノアが首に掛けっぱなしにしたタオルで頭の血を拭い、抱きついたマロンの淡い金髪を撫でる。


「よし、シフェルはわかるか? ブロンズの髪の……アイツを捕まえるぞ。手伝ってくれたら褒美をやろう」


『ご、褒美……一緒に、一緒の部屋で寝ても?』


 なんだか同情の涙が滲むくらい、他愛ない願い事で……事情を聞く関係もあるし大きく頷いた。それから条件を少し変更する。


「だったら同じベッドに寝ようか」


『……同じ、ベッド』


 ぎらっと目つきが変わる。マロンが凄い勢いで駆け出し、あっという間に姿が見えなくなった。テントから出ると誰もいなくて、少し離れた正規兵のテントの方から怒号が聞こえる。シフェルを探す連中が、あちこち入り込んでる証拠だった。


 シフェルがいきそうな場所は想像がつくし……ひくっと鼻を動かす。甘い香りがする方向が正解だよな。さっきの金貨に釣られて、レイルが追いかけた。その匂いを追えばいい。同様に鼻をひくつかせたヒジリに跨り、オレは聖獣大集合状態で右側の森へ突っ込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る