132.上目遣いで、お兄ちゃん♡(2)

「それはない」


 きっぱりと恋愛感情と同性愛疑惑を否定する。あまりに声が冷たかったので、焦るシンの声が「そ、そうか?」と上ずった。抱き締められた状態で顔を上げ、義理とはいえ兄になった青年を見つめる。


 この世界の奴って……美形か強面しか知らないな。貴族の連中は全部芋や南瓜に見えるから、顔で判断できないんだよな。そもそも知り合いじゃないし、かろうじて芋の種類扱いで顔を見分けてる状況だった。ちなみに、クラッケン侯爵ご一行はじゃがいも分類だ。


「シン、オレは怒ってないぞ」


 様子を恐る恐る伺ってくるのが面白くて、笑いながらシンに呼びかけると複雑そうな顔で片膝をついた。正面から視線を合わせたシンは、こうしてみると本当にレイルに似ている。どうして初対面で気付かなかったんだろう。戦場から帰るときはレイルもいたのに、全く疑わなかった。


「キヨ、お願いがある」


「何?」


「お、お……お、お」


「おお?」


「お……お兄ちゃんと呼んでほしい!」


 一瞬無言になり、遠い目をしそうになり、レイルに背中を小突かれて我に返った。そうだ、これはいずれ幸せになるための試練だ。乗り越えてやるぜ! 黒髪の美人嫁ゲットのためだ!! 攻略必須アイテムがシン(北の国の次期国王……主に肩書)だった。心を鷲掴みにしてやんぜ!


「……お兄ちゃん♡」


 オレなりに頑張ってみた。精一杯愛らしく見えるように小首をかしげ、顎を引いて上目遣い――確かこれで合ってたと思う。仲間から聞いた話なので、あんまり詳しくないけどな。妹系のエロゲーは、こうやって呼ぶはず……。


『主ぃ~、きもい』


 青猫のツッコミに、「うっさい、しばくぞ」と心の中だけで罵った。まだ笑顔で小首をかしげた体勢から動けないのだ。目の前でシンが石化していた。まったく動かないし、瞬きもない。もしかしたら呼吸も? と不安になって手を伸ばす。


 うん、大丈夫……息はしてる。


「キヨ! お兄ちゃんだぞ!! 子供の頃から弟は欲しかったが、こんな可愛いなんて……暴走したバカ貴族も始末できた今、将来は薔薇色だ」


 『薔薇』色……なんか嫌な響きだな。オレが動いたことで金縛りが解けたらしい。ぎゅうっと力一杯抱き締められた。締められすぎて苦しいので、シンの背中をぽんぽんと叩いて知らせるが、彼は別の意味に取った。短い手で必死に抱き締め返そうとする弟――という幻想のもと、さらに締め上げる。


 ホールドされている腕を、必死で叩いた。呼吸詰まるから、マジで!

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