19.闘争より逃走(7)
寒さに目が覚めた。ぞくぞくする。
無意識に両手で肩を抱き締めて、丸くなって寝ていた。目を開けば視界がぐらぐら揺れる。気持ち悪さに目を閉じて、もう一度開いたが同じだった。
「熱……かな」
独り言はひどく掠れていた。声はがらがらで、喉は痛くて、唇ががさがさする。ひゅーひゅーと奇妙な呼吸音がするのは、傷による発熱じゃないんだろう。風邪みたいな病気かも知れない。
ずきずきと呼吸のタイミングで痛いのは、右足首と腹部だった。意識がなくなる前に絆創膏を貼ったけど、腹の傷はまだ塞がっていない。触ると絆創膏の周囲から血が滲んだ。
「ぜんぜん、治ってないじゃん」
ぼやいて乾いた唇をぺろりと舐めた。荒れすぎて痛いし、声を出すのが辛い。辛いのにぶつぶつ文句言うのは、黙っていると意識が無くなりそうだから。
早い話、寝たら死ぬ気がする。冬山の遭難と一緒で、ここで寝てしまって誰にも発見されず、気付かれないまま目が覚めない――最悪の事態が脳裏を占めた。
「…うっ」
右足首を見ようとして足を引き寄せたら、激痛に呼吸が詰まった。恐る恐る両手を添えて動かした先で、右足首の太さが倍くらいになっている。
捻っただけじゃなかったかも……なんてフラグ立てた自分を殴りたい。間違いなく折れてるじゃねえか。青紫の気持ち悪い色に膨らんだ足首は、パンパンだった。ちょっと針刺したら破裂して、外の皮しか残らないんじゃね?
「動け、ないか」
崖の壁に寄りかかりながら上を見るが、ここは夜空すら見えない。張り出した大きな天井のような地面を裏側から見上げ、ぱらぱら落ちてきた土に顔を顰めた。
「熱い、痛い、眠い、腹減った」
そう、こんな時でも腹が減る。人間ってのはどこまで貪欲なんだろう。今にも大きな音で鳴りそうな腹を押さえて、おかしくなった。笑い出しそうだが、さすがに追われる身なので声を殺す。
腹が減ったと言える間は死なない。根拠なくそう思った。
ぱらぱらと音を立てて土が零れ落ちる。動きをさかのぼるように見上げて、揺れる視界に溜め息を吐いた。気持ち悪い、乗り物酔いに近い感覚に眉を寄せる。
「……崩れて、ない?」
誰も聞いていないのに声を出して確認するのは、不安だから。頭の上の迫り出した地面が、徐々に傾いている気がした。もしかしなくても、崩れ落ちるんじゃないか。
重力を考えれば、当然ながら土は下に落ちる。下が空間ならなおさら、氷山が崩れるように割れて落ちるだろう。このままここに隠れているのは危険という意味だった。
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