19.闘争より逃走(6)
「はい」
反論すれば射殺されそうな眼差しから目を反らし、部下は頭を下げた。彼が下がるのを待って、人口密度の高い部屋で溜め息を吐く。
「ったく、1日だって大人しくしてられないのかよ……あいつは」
銀と見間違う白金の髪と紫の瞳、見た目の整った子供を思い浮かべる。あの子供は面白い。少なくともレイルが知る中で、これほど興味を引かれる他人はいなかった。
「レイル、方角だけでも分からないのか?」
ジャックの苛立った声に肩を竦める。サシャ、ノア、ライアン、ヴィリ、一流の名を冠した傭兵がうろうろ歩き回っていた。落ち着きのない所作は本心から心配し、奪われた苛立ちや不安に駆られている証拠だ。ただの子供なのに、不相応な実力を持つキヨヒトは人々の中に浸透している。
皇帝もその騎士シフェルも、今頃助けに駆けつける準備を整えている筈だった。必要なのはレイルが持ち返る情報、すなわち『キヨの居場所』だけだ。
「転移魔法の解析が早いか、おれの情報網が優秀か……」
そう呟いたところに、真っ赤な顔で駆け込んだ部下が「見つけた!」と叫ぶ。よほど急いで走ってきたのか、息を切らせた男は唾を飲み込んでから報告を始めた。
「西の辺境です。自治領があり、そこの領主が最近転移魔法陣を購入したと……ここですね」
手早く地図を広げたレイルの前で、部下はじっくり眺めてから右側の隅を指さした。西の国でも権力を持つ貴族の領土だ。北の国の王妹を娶った先代は、妻の実家の権力を笠に着て独立を宣言した。その自治領が未だに残っているのだ。
「……厄介な地域だな」
西の国は再び自治領を統合しようとしている。その最初の段階として、自治領当主の母である北の国の王妹が振り翳した権力を封じようとした。もちろん北の国を承諾させるために、中央の国へともに攻め込む密約を結んでいる。
北の国は嫁がせた前王妹より、実質的な同盟を求めた。この情報は先月に掴んでおり、それがキヨの聞いた『近々北の国と西の国が攻めてくる』の根拠だった。情報収集を担当したのはレイル自身なので、内容はすべて記憶している。
「ふーん、だとすれば……自治領を維持するために、中央の皇帝を誘拐し人質として利用する。西の国に恩を売るつもりだな」
「……誘拐されたのはキヨだぞ」
眉を顰めたジャックの指摘は複雑な心境を滲ませた。レイルの推察が正しければ、キヨは人違いだ。
「バレたら殺される」
ノアは指の背を噛みながら、最悪の予想を口にした。
「あのキヨが、そんなヘマすると思うか?」
レイルの言葉に一斉に首を横に振った5人の傭兵は、顔を見合わせて苦笑いする。心配なのは変わらないが、それでも少しだけ余裕が出てきた。
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