66.男に押し倒される趣味はない(3)

「ふーん……楽に死なせないけど後悔しないでね」


 八つ当たりで睨みつけると、レイルが眉をひそめる。何かおかしなこと言ったか? まだ腹立たしいので睨み付けたままでいたオレの下で、ヒジリが長い尾を床に叩きつける。ぱしんと響いた音に、誰かが大きな息を吐いた。


「おれを脅して真剣みがあるのはお前くらいだぞ」


 苦笑いして首を横に振ったレイルが出て行く。よくわからないので、ヒジリの上に乗ったまま顔を上げれば困惑顔のノアやジャックと目が合った。彼らはなぜか武器に手をかけているが、ぎこちない動きで手を離す。


「なに?」


「殺気を飛ばすな。反応しそうになった」


「さすがキヨだ」


 褒められたのか? 殺気なんて飛ばした記憶はないが、どうやら殺気立っていたらしい。気付くと後ろで毛を逆立てた青猫が、取り繕うように毛づくろいをはじめる。コウコは丸くとぐろを巻いて攻撃態勢だった。ヒジリも尾を叩きつけてたし。


 そんなやり取りをよそに、傭兵達は倒れた天幕を淡々と直す。上層部のケンカは我関せず、混じらなければ巻き込まれないと目を合わせようともしない。そういう意味では、野生の獣の群れに近い感覚が共有されていた。


「よし!」


 ジークムンドは元通りになったテントを確かめて、新たに数本の引き綱を追加する。片手で揺らしてみて、納得したらしい。


「ボス、終わったぞ。


「意味深な言い方しないでくれる? このテントで10人は寝るんだから」


「……身体がもたないぞ?」


「もう! 睡眠の意味の寝るだから!!」


 揶揄られているとわかっても、反論せずにいられない。なぜBL疑惑が抜けないのか。それもこれも聖獣が噛んだのが悪い! と睨みつけるが、彼らは揃って影に逃げ込んだ。


 さすがにこれ以上は本気で怒ると踏んだジークムンドが「ゆっくり休め」と声をかけて出て行く。見極めが上手な上司に従って、このテントが割り当てられた傭兵以外は撤収した。


「キヨ、熱があるんだろう。さっさと寝ろ」


 ライアンが手荒な仕草でオレを抱き上げて、ベッドの上に戻してくれた。渡された上掛けにくるんと包まって目を閉じる。ぽかぽかする感覚に意識を奪われ、あっという間に眠りが忍び寄った。


 うとうとするオレの髪を結ぶ紐をライアンが解いた。結んだまま寝ると、朝に痛くなるとぼやいたことがある所為かも知れない。気が利くライアンに礼を言おうと思うのだが、すでに意識は眠りの中だった。手が出せない夢のような感じで周囲の声を感じ取る。


「こいつは頑張りすぎるからな」


「しっかり見張らないと」


「ああ、まさか赤い悪魔に脅しかけるなんざ……たいしたタマだ」


 ジャックとノアの会話を聞きながら、戦場初の野営の夜は過ぎていった。

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