66.男に押し倒される趣味はない(2)

「うぎゃ!」


『主殿は大げさだ』


 ぶんぶんと黒い尻尾を振る豹は、齧った手をぺろぺろ舐めまわして治癒していく。大げさも何も、肉食獣に骨が折れるほど噛まれたら、すぐに治るとしても叫ぶぞ。きっとジャックやジークムンドみたいな強面でも叫ぶ!


 引っ込めた手は濡れているが、もう傷はなかった。ほっとしたオレの足に激痛が走る。


「え? 痛っ、なに!」


 右足にコウコの牙が刺さった穴があるし、左足はブラウが齧ったままぶら下がっていた。苛立ち紛れにブラウを蹴飛ばすと、くるっと回って華麗に着地した。くそ、猫の運動神経ズルイ!


 両足とも血が出ているので、慌てたノアが絆創膏もどきを用意する。


「すぐに貼るからな」


『我が治癒するゆえ、不要だ』


 絆創膏もどきを用意している間に、ヒジリが両足とも舐めて癒してくれた。セリフも含めて、ヒジリが一番男前だ。いや、女性言葉のコウコを男前に含めないのは当然だけれど。


「どうした?!」


「今の悲鳴はなんだ!!」


 飛び込んできたジャック、ジークムンド。彼らは手に銃を握っている。臨戦態勢で飛びこむ彼らの後ろから、ライアンとサシャが「無事か」と叫びながら転がり込み、他の傭兵が後に続く。


 心配はすごくありがたい。仲間に大切にされてると感じるし、愛されてるのは疑わない。ボスとして認められてもいるんだろう。


 だが考えてみて欲しい。これだけの大人数がテントに押しかけたら……当然傾いて倒れるはずだ。そして予想にたがわず、きしんだ音を立ててテントが横倒しになった。


「キヨ!」


「ボスはどうした?!」


 騒いでいる傭兵達が天幕をどけたベッドの上で、オレはノアに押し倒されていた。両手をベッドに縫い付けられる形で、仰向けになったオレの上にノアがうつ伏せる。


「あ……その、だと思わなくて……すまん」


 申し訳なさそうなジークムンドに叫び返した。


「処理中じゃねぇっての! ノアがオレを庇ったんだ」


「そうだ。まあ、キヨくらい美人ならそのうち襲われそうだが」


 ノアの余計な言葉に、傭兵達が口笛を吹いて冷やかす。怒りで真っ赤になったオレを抱き起こしたノアは、平然とまた膝の上にオレを乗せようとした。飛び降りて、足元で待機していた黒豹の背中にしがみつく。


「早くテント直して」


 いらっとした口調のまま命令したオレの髪を、くしゃっと後ろからレイルが撫でる。さっきの騒動に混じらなかった情報屋はニヤニヤしながら、とんでもないセリフを吐いた。


「毎度あり、この情報は皇帝陛下に高く売れそうだ」

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