92.空腹は最高の調味料(4)

「パンはもう少し後! 今から蒸し肉食わせてやるから」


 猪にしてはピンク色の肉だったし、たぶん豚だったと思う。肉に熱が通れば、白っぽくなるはずだ。中身が見えないので、少しだけ穴を空けて水蒸気を外に逃がしてみる。匂いを嗅いで首を傾げた。


 料理スキルをもらってないオレに判断できるわけがない。残念ながら、ハーブ塩のよい香りが漂うだけだ。唸っていると、レイルが近づいてくんくんと匂いを嗅いだ。


「あと少しだ」


「お、サンキュ。つうか、本当にレイルは料理できんだな。カッコいいな」


「褒めても何も出ねえぞ」


 ぼそっと呟いたレイルの横で、ジャックが「お前も丸くなったじゃねえか」と声をかける。いつの間にか集まってきた傭兵達が白いドームへ期待の眼差しを注いだ。


「よし、いいぞ」


 何もしてないのに、いつの間にかレイルが指揮をとってる。彼の許可が出たので、覗き込んでる連中に注意をしておいた。


「熱い蒸気が出るから、全員3歩ずつ下がれ」


 蒸気は翻訳されるようだ。慌てて後ろに下がった彼らの前で、結界を解除した。ぶわっと真っ白な蒸気が凍り付いて視界を覆い、続いて肉の匂いが充満する。ぐぐううぅ……腹の虫が鳴いた。


「ノア、ジーク、サシャが切り分けて。皿に乗せるのはジャックとライアンね。あと、捕虜にも肉を分けること! 以上だ」


「「「わかったぜ、ボス」」」


 海賊の映画を思い出す掛け声が返り、手際よく分担して配り始めた。きちんと最初に肉の量を考えて切り分けるノアが、オカンスキル高すぎて惚れそう。


「先に食ってろ」


「ありがとう」


 いつの間にやら裏から聖獣とオレの分を確保してくれたレイルに礼を言うが、よく見ると自分の分をちゃっかり持ってきている。こういう抜け目のなさがレイルだよな。


 腹の虫が謀反を起こす前に、取り出した専用皿にヒジリ多め、コウコとスノーは細く裂いた肉を並べる。残った肉を眺めてから、さらにヒジリに取り分けた少量をブラウの前に。


「ちょ、主! 僕がほっそい残念猫になったらどうするのさ」


「だってお前何もしてない」


 切り捨てながら手早く「いただきます」して手を洗い、蒸し肉にかぶりついた。お行儀もへったくれもなく、魔法で熱遮断した手で掴んでがぶり! 


「……うまい」


 一言零したあと、夢中で食べ続けた。普段より腹が減っている気がする。とにかくひたすらに満足するまで、ノアが追加した肉も食べつくした。空腹は最高のスパイスというが、この豚肉もどきはハーブがすごく合う。


「ご馳走様」

 

 けふっ……と変なゲップが出たところで、足元のヒジリがブラウに食べ残しを分けていた。オレが見てないと仲がいいのかな、こいつら。視線を上げるオレの視界では、傭兵も捕虜も豪快に肉にかぶりつく姿が並んでいる。


 飯の前では皆一緒、敵も味方もなくていいじゃん。にやにやしながら、オレは平和な光景を見守った。

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