208.シンプルとは程遠い(3)

「確かに足手まといであろう。誰かが面倒を見るのが当然の貴族生活しかしたことがない。軍でも大差なかったゆえ……指導を頼む」


 自分の子供より若い傭兵団へ向けて、平然と頭を下げた。驚いて固まったあと、最初に動いたのはジャックだ。ぐしゃりと茶髪を乱し、交換条件だと言い出した。


「だったら、悪いんだがコイツらに礼儀作法を仕込んでくれ。今後もキヨに仕えるなら、最低限のマナーを覚えてねえと邪魔になっちまう」


「ジャック……」


 なんていい奴なんだ。気を使わない関係を築くため、お互い様だと話を纏めるなんて。感動するオレの隣で、剥いたミカンを口に放り込んだレイルが「そんなにいい話じゃねえと思うが」と肩を竦めた。


「任せていただこう」


 請け負った時点で、ベルナルドはマナー講師のスイッチが入ったらしい。いきなりオレの肘をぱちんと叩いた。肘をついたオレの頭ががくりと落ち、慌てて姿勢を正す。


「まず、キヨヒト様は肘をつかない。ライアン殿はスープを飲む際に音を立てておられたが、問題ですぞ。ノア殿もカトラリーを置く際に音を響かせた……次の食事からマナーを直せば、東の国を落とし終わる頃には作法も身に付きましょう」


「え……そんなに長く東の国にいるの?」


 オレは早く帰りたいんだよ、リアムが「寂しい」「帰ってきて」って言づけたんだから、可能なら今すぐ帰りたい。本音駄々洩れの疑問に、レイルが資料を取り出した。


「マナー教室は作戦終了後だな。作戦は3日間の短期決戦だ」


 バンと音を立てて資料を広げる。途端に傭兵達のほとんどが果物片手に離れた。これは彼らのスタンスのひとつで、別に興味がないわけじゃない。情報漏れの可能性を減らし、内通者の疑いを向けられないための自衛行為だ。ボスが話を理解して指揮を取れば、作戦全体を把握する意味がなかった。


 全体像を掴む人数が少ないほど安全……その考えは一理ある。傭兵は扱いが底辺だから、実際には正規兵や将官が内通者でも犯人扱いされるんだろう。今までに構築された彼らのやり方を批判する気はなかった。今後、徐々に変えていけばいい。


「ちゃんと勝てるのか?」


 期間が短すぎないかと問うジャックへ、レイルが煙草を咥えながら笑った。


「問題ない。すでに情報部は動いてる」


「デマによる誘導、とか……痛っ」


 そういうバトル物読んだな~程度の感想を呟くオレの足首をヒジリが噛んだ。……痛いからせめて予告しろ。覚悟が出来るだろ。話の邪魔をした自覚はあるのか、睨みつけると舐めて癒し始めた。

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